ここ200万年の間に私たちの地球を震撼させた数々の火山噴火の中でもインドネシアにあるトバ火山の大噴火は最大級のものでした。しかし、それは私たちが考える地球規模の大災害というわけではありませんでした。
巨大噴火が起きたのはおよそ74,000年前で、1980年にセント・ヘレンズ山が噴火した時の1,000倍もの岩石を噴出したのです。しばらくの間落石が随分あったと考えられ、10年に及ぶ『火山の冬』を迎え、1,000年にも渡る氷河期へ突入するきっかけとなりました。
この、いわゆるトバ・カタストロフ理論によって生き残ったのはたったの数千人でした。それ以外のことはおそらく誇張されているようなのです。
噴火は非常に巨大なものだったが、その結果は終末論的なものではなく、人間が絶滅の危機にあったわけではなかったという考古学的証拠が近年アジアやアフリカで見つかりました。
インド北部のダバで古代の『不変の』製造法の石器が発見されたことで、ミドル・サン・バレーにはおよそ8万年前から、つまりトバ火山噴火の前後をまたいで人間が存在していたことがわかったのです。
「ダバの人たちが使っていた石器は、同時期にアフリカのホモ・サピエンスが使っていた石器と似ていました。」とクイーンズランド大学の考古学者クリス・クラークソン氏は説明をしています。
「これらの石器はトバ火山の巨大噴火の頃にヒトが消えていない、または劇的に変化していないという事実は、人間がいわゆる大惨事を生き延び環境を変化させるためのツールを作り続けたことを意味します。」
トバ・カタストロフ理論は相関関係を中心とするもので議論の余地があります。トバ火山が噴火したのと時を同じくして、およそ1,000年前に私たちの種は遺伝的ボトルネック効果による人口減少の時期を迎えたのです。火山の噴火がこの人口減少のもっともらしい原因のように思えるわけです。
しかし長年にわたってこのカタストロフ理論が化学的に精査されることはありませんでした。2007年にインド南部の石器という物証によってトバ火山噴火が気温低下を促し氷河期のきっかけになったわけではないことがわかりました。
石器はホモ・サピエンスが作ったものではなく自然災害を生き延びた人が作ったものだと反論する人もいます。
2018年に南アフリカでトバ火山噴火によって人類がサバイバルに成功しただけでなくむしろ繁栄したかもしれないという考えを支持する化石証拠が発見されたのです。
遺伝学者たちは7万年前には人間の遺伝的多様性は明らかに減少したが、その推移は巨大噴火が原因ではないだろうというという推論を支持しています。単なる創始者効果だと考える人もいます。
人がユーラシアに広がってより小さなグループに分岐されるにつれ、遺伝的多様性が減少し始めました可能性があります。アフリカの遺伝的多様性が高いのはこのためだと考えられます。
ダバで発見された石器は歴史年表を埋めるのに貢献しました。研究結果から、ヒトはアフリカから移動して予想よりもかなり早い時期にユーラシア全体にひろがり、その間に自然災害を生き延びたということがわかりました。
論文著者は、ダバで発見された石器のほとんどは石器時代のアフリカやアラビアの製造法に似ていて、オーストラリアの原始人のものと似ているものさえありました。
研究チームは、これらは間違いなく人間が作ったものでアフリカから南東アジア、そして南部の大陸へ移動したと点と点が繋がってわかったのです。
「アフリカから、特にアラビア東部への現代の人の拡散は『65,000年前』より前に起こっていたはずです。」と著者は書いています。
「ダバ地方は東と西に同様な考古学的特徴を持った地域を結ぶ重要な架け橋なのです。」
しかしこの発見をバックアップする人の化石なしでは、石器はホモ・サピエンスが作ったものだと納得しない人もいます。この石器製造技術はネアンデルタール人にも採用されていました。人類学者のスタンリー・アンブローズ氏は、どの種族が実際にその石器を作ったかと言うのは不可能だとサイエンスマガジンの取材に答えました。
しかし、その時期が正しければ誰が作ったのかは問題ではありません。ホモ・サピエンスであろうと他の古代人だろうとダバに住んでいた人間はトバ火山噴火で一掃されなかったのです。
しかし、他の何かが彼らを追いやりました。そこに住んでいたヒトは現代の遺伝子プールにあまり貢献していません。つまり彼らは生存を脅かすなにか他の出来事に直面したということです。
「考古学の記録によると、ヒトは大きな災害等に対して驚くべき回復を遂げることもあるが、必ずしも長期にわたって繁栄してこなかったことも明らかです。」とマックス・プランク研究所の人類学者マイケル・パトラグリア氏は話しています。
それが火山ではなかったというだけなのです。
この研究論文はNature Communicationsに掲載されています。
reference:sciencealert