生まれたばかりの神経細胞がすくすくと育つ「ニューロンの苗床」が鼻の中にあるようだということが最新の調査でわかりました。ヒトの成長期に新しい神経細胞が脳で作られ続けるのか調べる研究が進められている昨今、この発見は注目を集めるものとなりそうです。最近の研究では、かなり高齢になるまで神経細胞が生まれ続けることを示唆するエビデンスが挙げられています。
しかし、脳以外で神経細胞の新生を見つけることができるかどうかは、実際のところ、わかっていません。特に鼻のような活発な神経が束になっている場所で神経細胞が新しく作られるのかは明らかになっていなかったのですが、この最新の研究で7人の中高年のヒトの鼻から採取した組織を分析したところ、成人後もヒトの鼻の嗅上皮は新しい神経細胞を作り続けるようだということが判明したのです。
この調査結果は、ヒトの体の複雑な神経細胞産生のプロセスについて新たな見解をもたらすばかりでなく、神経細胞がひどく損傷される疾患や高齢のために神経細胞が死滅していく状態に対する新たな治療法開発の土台になる可能性もあります。
「人がなぜ嗅覚を失うのかは完全にはわかっていません。嗅覚喪失の理由には様々なことがあると考えられます。我々のデータ・セットからは成人の嗅覚組織に存在する細胞集団について豊富な情報を得ることができます」とデューク大学医療センターの耳鼻咽喉科医師であるブラード・ゴウルドスタイン氏は述べています。
「この発見は、嗅覚組織が損傷した場合の治療法を開発するための重要な手順となります」
研究チームが単細胞RNAシーケンシングを用い、合計28,726個の異なる細胞を調べた結果、その半分以上が神経幹細胞によって産生された「赤ちゃん」、すなわち、未成熟な神経細胞であることが確認されました。また、その若さから、これらの神経細胞が組織自体の内部で作られたと研究チームは推測しています。
より正確に言うと、見つかったのは鼻の組織内で生まれてから死滅するまでの異なる段階にある神経細胞です。マウスを使った研究では鼻の中で再生する神経細胞があることが示唆されていますが、それでもなお、ヒトの鼻の中の新しい細胞の割合は驚くべきものだと言えます。
神経細胞は他の細胞や筋肉に情報を伝える役割を担っているので、神経細胞に何か不具合が生じると大きな問題が発生します。その一例がアルツハイマー病です。
「アルツハイマー病のような神経系が変性する疾患のある患者から採取した試料を分析するためにこの方法を使うと非常に役に立つと思います」とゴウルドスタイン氏は言っています。「アルツハイマー病は特に興味深い研究対象です。と言うのも、患者が疾病過程のかなり早い段階で嗅覚を失うからです。ですから、治療法がほとんどないアルツハイマー病において、患者の嗅覚系の領域を詳しく調べるのは理に適ったことと言えるかもしれません」
この鼻の中の苗床が発見されたことによって、私たちが年を重ねても新しい神経細胞を量産することが可能だという考えが裏付けられたとは言え、実際に神経細胞の新生が観察されてはいないので、確証を得るためにはさらなる調査が必要です。
科学者たちは神経細胞がどのようにふるまい、相互にコミュニケーションをとるのかをより良く理解するために研究を進めており、ヒトの体という複雑な生物的コンピュータのしくみについての洞察をもたらしてくれています。
この最新の研究は、ヒトの脳の深部で異なる成熟段階にある神経細胞を発見した昨年の研究と合致するものです。私たちは年を取る間、絶えることなく、神経細胞を新しく作りつづけることができるようです。次なる問いは、どのように作り続けられるのかということです。
「鼻は外の環境にさらされているので、脳の疾患のある患者本人から神経幹細胞を採集して治療に使うことが、将来できるようになるかもしれません」と米国デューク大学メディカルセンターの微生物学者である松波宏明氏は述べています。
「そのような治療法は不可能ではありません」
当該論文はNature Neuroscienceに掲載されています。
reference:sciencealert