内耳には誰も話題にしなかった奇妙な器官が存在する

耳の奥には内リンパ嚢(のう)と呼ばれる、ほとんど知られていない小さな袋状の物体があります。この奇妙な器官の詳しい役割には諸説あり、その目的が(少なくとも部分的に)判明したのは2018年になってからのことでした。ゼブラフィッシュの観察で偶然発見された事実から、内リンパ嚢が内耳の言わば「安全弁」として機能していることが分かったのです。

Credit:Swinburne/Megason

発見の背景は数年前、ハーバード医科大学院のシステム生物学者であるイアン・スインバーン氏が、成長過程にあるゼブラフィッシュの脈動する細胞塊と私たちの内耳に飛び出た袋状器官の関係性に気づいたことに端を発します。もし高校生物の試験で見た覚えがないとしても心配無用、内リンパ嚢は通常内耳の図に描かれていません。というのも、おそらく誰もそれが何のためにあるのか理解していないのです。

ご自分の内耳をかたつむりのような形をした長い管だと思って下さい。その端は貝殻のような渦巻形をした、蝸牛と呼ばれる器官になっています。もう一方の端、かたつむりの目にあたる所には直交した3本のループがあり、三半規管と呼ばれています。

蝸牛内部のリンパ液が音波を伝えることによって音が認識されるのですが、三半規管内部のリンパ液は生体水準器として作用し、その動きによってどちらが上なのか分かるようになっています。これら2つの器官の中間、鐙骨(あぶみこつ)と呼ばれる耳小骨がつながった窓部分の背後には、卵形嚢(utricle)と球形嚢(saccule)という2つの小部屋があります。小部屋はそれぞれ細長い管につながり、管の先端に例の謎めいた器官が付いているのです。これらは次の内耳の図では隠れたところにあります

Credit:7activestudio

この器官の役割については誰一人確かなことは言えませんが、それでも手掛かりはあり、めまいや耳鳴りなどの症状で知られるメニエール病において主要な役割を果たすと考えられているのです。この病気は内耳のリンパ液過剰による圧迫が原因とされており、内リンパ嚢の切除で症状が軽減することから、おそらくこの器官はリンパ液の調整に何らかの関わりがあると言えます。

状況証拠が良い取っ掛かりとなり、スインバーン氏はゼブラフィッシュを用いてこの奇妙な泡状組織を比較検討する機会を得ました。人の頭のような密度の高い物体内で内リンパ嚢の働きを観察するのは口で言うほど易しいことではありません。しかしゼブラフィッシュの場合には、染料を用いてリンパ液が徐々に器官へ流れ込み、その後急速に流れ出す様子を観察記録することができました。

ただ1つ、疑問が生じました。スインバーン氏の博士号取得後顧問を務めたショーン・メガソン氏は2018年6月にこう語っています。「私たちは動画で組織の脈動を観察し、染料の内リンパ嚢への注入によってリンパ液の流出を確認しました。しかしリンパ液がどうやって出てくるのかがはっきりしません。何か妙なことが起きているらしいのです。」

すると研究チームに幸運が訪れました。ゼブラフィッシュに関する別の研究で、ある種の遺伝的調節を施した突然変異種がたまたま通常より大きな内リンパ嚢を備えていたのです。遺伝子改変の効果はさておき、そのせいで器官は肥大し正しく収縮することができなくなっていました。

これは構造的な差異から内リンパ嚢の正常機能を推定できることを示しています。答えは高分解能電子顕微鏡を用いた観測によって明らかとなりました。嚢の内側ではラメラと呼ばれる、羽根が重なったような形の突起物が細胞群から突き出ていたのです。スインバーン氏は言います。「生物学者はよく構造が機能を規定すると言いますが、私たちが初めてラメラを見た時にはまさにこれがぴったりでした。」

内リンパ嚢裏側の細胞は互いに間隔を開けて並び、リンパ液が隙間を通過できるようになっています。先程のラメラがこの隙間を塞いでいるのですが、圧力が高まるとスライドして間隙が開き、嚢全体がまるでふるいのようになってリンパ液を急激に流出させるのです。

さらに高性能な電子顕微鏡で観測した結果、実際にこうした現象が起きていることが確認できました。スインバーン氏はこう述べています。「移動しているのは単独の細胞かと思いきや、実際には上皮の構成部分でした。細胞学的にも不思議な現象です。」

内耳リンパ液のバランス維持に問題を抱えた人にとって、内リンパ嚢の圧力調整弁としての機能に関する新情報を役立てられる日がいつか訪れるかもしれません。そうなれば内リンパ嚢を初めて解剖学の本に載せることもできるでしょう。

なお研究内容は「eLife」に掲載されています。

reference:sciencealert



最新ニュース40件