地球で最も巨大な生物、シロナガスクジラの心拍数のデータが集められたことは、これまでありませんでした。この海洋動物の200キロ近い重さである心臓の血液循環能力を調べるために、カリフォルニア州のモントレー湾の沖で研究チームが吸盤付きのセンサーをクジラに取り付けました。
これは至難の業です。クジラに近づいたボートの上で、一人が仲間の研究者たちに指示を出す間、デイヴィッド・ケイドは6メートルの長さの炭素繊維のさおを抱え持って、ボートの舳先に特注で設置した足場に立っていました。
さおの先には4つの吸盤カップと2つのセンサーを装備した蛍光色の装置が取り付けられています。海中のクジラにセンサー装置を吸着させるのは容易なことではありません。
さらに、クジラが水を飲みこむときに蛇腹状の下腹部がうねる動きによって装置が弾かれて取れてしまわないようにしなくてはならないのですから、これは論理的に可能なのかと疑われました。しかし、このスタンフォード大学のチームは見事にやってのけたのです。
「チーム力のおかげです。一人ではクジラに何かを装着させるなんてことはとてもできません」と『Proceedings of the National Academy of Sciences』に発表された論文の共著者の一人であるケイドは取材に応えて言いました。「チームの仲間のジェイムズ・ファールブッシュは一流の操縦士です。私たちは力を合わせて、たくさんのクジラに装置を取り付けてきました」
最も難しかったのは、装置を正確に目的の場所に取り付ける作業です。「電気信号を受信させるために装置をクジラの心臓の近くに付ける必要があったので、正確に狙った位置(クジラの胴の最前方の下側の左部分)に吸着させなくてはなりませんでした」
「それと同時に同僚のシレルが生体検査を行い、ほかの仲間たちは写真を撮っていました。(クジラが海面に上がって来たあの4秒の間に様々なことが進行していたわけです)」
苦労は報われました。浮上し、潜り、そして外海を泳ぐクジラの8時間半におよぶデータをセンサーは記録していました。写真識別と生体検査の分析によって、そのクジラは2003年に初めて観察された15歳ほどのオスだと判定されました。
クジラが餌を採るために海中に潜り、深海に到達した時に心臓は1分間に4回〜8回のペースで鼓動していました。速度は1分間に2回にまで落ちました。これは予想より約33~50パーセント低いものだったとのことです。
「心拍数が低いままなのか、それとも、餌を採るためにエネルギーが必要となるので、潜水による徐脈という典型的な生理反応が覆るのか(酸素が体中に行きわたるように心拍数が上がるのか)、私たちは興味津々でした」と論文の主著者であるジェラミー・ゴールドボーゲンは話しています。
明らかとなったのは、シロナガスクジラは深く潜る時に、ほとんどの場合、心拍数を低く保つということです。エネルギー消費が大きい採食をするにあたっても無呼吸の間は酸素消費を抑えることを優先していたのです。
シロナガスクジラは小エビのような甲殻類の群れを呑みこむために伸縮自在な喉を持つろ過摂食動物です。採食する際にはゴワゴワのヒゲのお皿から舌で水を押し出し、ヒゲによって閉じ込められた餌だけが口の中に残るようにします。
クジラが深海に突き刺すように潜水する間、心拍数が少なくなるのは、心拍間の血流を維持するために弾性のある大動脈弓が収縮することが一因かもしれないと研究チームは推測しています。
深海まで潜った後に浮上した今回のクジラは酸素負債から回復したので、心拍数は1分間に25~37回になりました。上限の回数は、このような大きな生物として予想された最大心拍数に近く、シロナガスクジラが大きさを昔から変えていないのはこの心拍数の限界のためかもしれません。もっと浅い潜水の後に浮上した際には心拍数はそれほど上がらず、1分間に20~30回で落ち着きました。
「クジラは海面にいる間にたくさん呼吸をして最上限の心拍数に達することよって、採食活動で負った借りを返しているように見えます」とゴールドボーゲン。とは言え、現在、シロナガスクジラより大きな動物がいない理由を探るためにはさらなる調査が必要です。
「興味深い比較として、最小の哺乳類であるトガリネズミの心拍数は毎分数千回以上になります」ゴールドボーゲンは続けてこう言っています。「様々な大きさの哺乳類の比較データを全体的に捉えると、体の大きさによってどのように生活のペースが異なってくるのかが見えてくる」とのことです。
reference: IFLscience