「STEM CELLS Translational Medicine」に2020年5月18日付けで発表された臨床試験結果により、幹細胞(ステムセル)から作られた塗布薬によって一般的な脱毛症を患う人の頭髪が再生することが明らかになりました。男性型脱毛症とも呼ばれるAGAは遺伝子、ホルモン、環境的要因によって起こる症状で、50才以上の男性の半数(女性もそれに近い数)に生じると考えられています。
命に係わる病気ではないとは言え、AGAによって自己評価が下がり、心理的に不健康になることもあります。米国食品医薬品局(FDA)の認可を受けた毛生え薬もいくつかありますが、最大の効果が認められた薬には性欲減退や勃起不全といった副作用が伴います。このためより安全で効果的な治療法の探索が続けられているのです。
脂肪幹細胞(ADSC)は成長ホルモンを何種類か分泌し、細胞の発達や増殖を助ける働きをします。研究試験の結果、髪の成長過程で幹細胞増殖因子(HGF)、血管内皮細胞増殖因子(VEGF)、インスリン様成長因子(IGF)、血小板由来成長因子(PDGF)といった成分によって毛根が育つことが分かっています。
ファミリーメディシン・クリニックに勤め、プサン国立大学ヤンサン病院の生物医学テクノロジー集積研究所に所属するリ・サンヨップ博士はこう述べています。「最新の研究により、脂肪幹細胞が脱毛症の男女に対して発毛を促進することが分かりました。
ただランダムに偽薬を適用した生体試験により、脂肪幹細胞抽出成分(ADSC-CE)がAGAに対して安全性・有効性を持つとの結論にまでは至っていませんでした。私たちはADSC-CEが有効かつ安全な治療薬剤であるとの仮説に基づき、中年のAGA患者を用いてその有効性と許容性の評価を行なうことにしました。」なおリ博士はプサン国立大学医学部、ヤンサン病院、T-Stem社を含む研究グループの代表を務める人物です。
研究グル-プは38名(男29名女9名)のAGA患者のうち半数を参加グループに選定し、こちらにADSC-CE塗布薬を、他の半数には偽薬を与えました。患者は1日2回、塗布薬なり偽薬を指で頭皮に塗ります。研究グループの上級主査を務めるタク・ユンジン博士は、「16週を過ぎるとADSC-CEを適用した患者に頭髪数と毛根サイズの明白な増加が見られた」と報告しています。
リ博士は言います。「私たちの発見は、ADSC-CE塗布薬の利用がAGA患者の新たな発毛療法として大きな可能性を持つことを示しています。適切な安全性を保ちながら頭髪の密度も太さも増やすことができるのです。次のステップはより人数の多い多様な集団を対象として同様の研究を行ない、ADSC-CEの発毛機能を検証するとともに、ADSC-CEが人体に与える効果のメカニズムを解明することです。」
「幹細胞トランスレーショナル医療」誌の編集長で、ウェイク・フォレスト再生医療研究所長を務めるアンソニー・アタラ博士はこう述べています。「男性型脱毛症に悩む数百万人の人々にとって、このささやかな臨床試験は将来の頭髪再生治療に対する希望となります。脂肪組織内の幹細胞が分泌する蛋白質から生成された塗布薬は安全かつ効果的なものです。今回の成果を支援する新発見がなされるのを心待ちにしています。」
reference:scitechdaily