ヒグマに喰われるといかにして命を奪われるのか?

山の忍者の異名を持つ、クマ。

現在、日本には北海道に生息するヒグマと、本州以南に生息するツキノワグマの2種類のクマが存在しています。このうちヒグマは、日本に生息する最大の陸生哺乳類であり、オスの成獣では最大で体長2.5メートル、体重は500キログラムにも達します。

明治期以降、本州から北海道への行き来が盛んになるとともに、ヒグマとヒトの遭遇による事故が頻発しています。では、このヒグマはいかにして人を襲うのでしょうか?ヒグマと遭遇した場合、どう対処すればいいのでしょうか?

今回は、ヒグマに食われるとどうなるのかについてご紹介したいと思います。

1977年から2016年までの間で、野生のヒグマによる人身事故は94件起きており、その中でも33名の命が失われています。ヒグマによる攻撃で最も特筆すべきなのは、前肢の鋭い爪です。この鋭く強靭な爪による攻撃は、簡単にヒトの皮膚を切り裂き、骨を陥没させてしまいます。

実際に、クマによる人身事故の多くのケースにおいて、頭部および顔面の軟部組織が損傷を受けることが報告されています。それでは何故、ヒグマなどのクマは、ヒトの頭部を執拗に攻撃するのでしょうか?

一つの理由としては、体長2メートルほどのクマが立位をとり、対峙したヒトを鋭い爪で攻撃するときには、必然的に大人の顔くらいの高さが標的となることです。大型のクマによる頭部への打撃もしくは咬みつきは、骨折を伴うほどの破壊力をもつため、脳にダメージを負わせ意識を失わせるためには効果的な攻撃といえます。

しかし、これとは別の理由を唱える研究者もいます。北海道野生動物研究所の門崎(かどさき)氏は、ヒグマは自分を撃ったハンターの顔を決して忘れず、自分に向けて銃を撃ったハンターの顔面を執拗に攻撃するというのです。

手負いにしたヒグマを後日打ち取りに行く場合でも、自分を撃ったハンターを覚えていて選択的に襲うこともあると言います。ヒグマがヒトと出会ったとき、どのような行動をとるか、いかにして襲いかかるのかについては状況に依って変わります。

例えば、小さな子熊を連れた母熊は積極的に脅威であるヒトを排除しようとするでしょうし、餌不足で腹をすかせたクマは気が立っていることでしょう。ヒグマにヒトが襲われるのは、あくまでも特殊な状況下での出来事であり、全てのヒグマがヒトを攻撃対象とするわけではありません。

それでは、その特殊な状況下で起こった悲劇的な事件を検証することにしましょう。一番有名なのが、三毛別羆事件(さんけべつひぐまじけん)とよばれる日本史上最悪の獣害です。1915年12月9日から14日にかけて、ヒグマが民家を襲い開拓民7名が死亡、3名が重傷を負いました。

事件発生時期からも明らかなとおり、普通なら冬眠のため穴ごもりに入る時期ですが、このヒグマは冬眠の穴に入らず、餌を求めて徘徊していました。三毛別六線沢(ろくせんさわ)地区に食料を求めてやってきたヒグマは次々に民家を襲い、主に女性と子供が犠牲となりました。

ある妊娠中の女性は、「腹は破らんでくれ」「のど喰って殺して」と胎児の命乞いをしましたが、無情にも上半身から食われ始めたたといいます。このヒグマは人を襲った後、遺体を餌とみなして執着していたことから、他の場所でもヒトを襲って食べていた可能性も指摘されています。

現に通夜の行われている最中に再度現れ、足と頭だけしか残されていない遺体を、棺桶をひっくり返して食べようとしていたらしいので、執着は相当強かったと思われます。この事件に関してさらに状況を悪くしたのは、数回の射撃のチャンスに失敗して、このヒグマは手負いの状態になっていたことです。

冬眠に失敗し飢えたヒグマが、手負いの状態となり、さらにヒトを餌として認識しているのですから、この上なく危険な状況が出来上がっていたわけです。

そして、事件発生から6日後、やっとのことで隣町の猟師がヒグマを射殺しましたが、このヒグマは体長2.7メートル、体重340キログラムもあるオスで、背中から胸にかけて「袈裟懸け(けさがけ)」と言われる白い模様があったそうです。

三毛別羆事件の事件で特徴的だったのは、犠牲者が女性と胎児を含む子供に偏っていることです。つまり銃で武装した男性よりも、女性や子供の方が容易に手に入れることができる餌であるということを、ヒグマがある段階で学習した可能性が高いのです。

前出の門崎氏も、ヒグマと遭遇した際に武器の有無が生死を分けると主張していますので、常にバイエンススーツを所持しておく必要があるでしょう。

ヒグマに襲われて一般人が生還したケースは35件ありますが、うち12件において、生還者は武器を携帯していました。それに対し、死亡事故にあった18件のうち、武器を携帯していたのは、わずか3件にとどまっています。やはり、ヒグマの生息地に立ち入る際には、銃を携帯することは無理でも、クマ撃退スプレーや護身具を持つことが重要なようです。

また、クマと遭遇すれば死んだふりをすればいいという話を一度は耳にしたことがあるでしょうが、雑食生であるクマは死んだ魚や動物を食べることがあります。死んだふりをして倒れていると、逆にクマが興味を示してしまう可能性があるとのことです。クマに背を向けずにゆっくりと逃げることが得策でしょう。

21世紀となった現代では、クマの出没情報が行政や警察に集まる仕組みになっており、ヒトが次々にヒグマに襲われるような事件は発生しにくくなっています。しかし、人間が管理する食料やゴミを、クマが食べ物として認識してしまうと、ヒトとクマとの距離が近くなり、お互い不幸を招くことにもなりかねないのです。



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