地上最大の陸生甲殻類であるヤシガニは、ゴミ箱ほどもある体と鳥を切り裂くイメージでインターネット上でも知られています。
ところが海鳥を食べていない時のヤシガニは断続的なカチカチ音で交信し合っており、その奇妙な呼び声は予想外に多岐にわたることが最近の研究で判明しました。
この研究によればヤシガニの交信は一連の信号で成り立っていて、それが(甲殻類にしては)複雑なコミュニケーションレベルを示唆すると言うのです。
重さ4kg、脚幅1メートルにも達するヤシガニは巨大な甲殻類で、また世界最大の無脊椎動物でもあります。ヤドカリの親戚であるこの生き物はかつてインド洋から太平洋に至る島嶼部で生息していましたが、人間の捕獲によって多くの生息地で絶滅したことが「Zoology」12月号に掲載された研究の中で示されています。
ヤシガニが「叩くような音」を出すことは以前から知られていましたが、なぜ、どのように音を発するのかは明確になっていませんでした。新しい研究ではヤシガニをX線動画で撮影し、音を使う技の源を明らかにしています。この音と交尾行動の関連性を調べるため、科学者グループは雌雄の交尾時にヤシガニが出す音をデジタル録音しました。
実験中、オスとメスのヤシガニは交尾の前、途中、後ともカチカチ音を発していました。そして音はそれぞれの段階で異なるものでした。X線観測により、ヤシガニは空気を肺へ送る「顎舟葉」と呼ばれる薄い付属器官を振動させることによってコミュニケーションを行なうことが明らかとなりました。この器官が振動するとヤシガニのエラ水路にある固いプレートにぶつかるため、カチカチと叩くような音が出るのです。振動のスピードを変えれば周波数と間隔が異なる複数種の音を発することが可能です。
顎舟葉を使って音を発する甲殻類は他に水生のザリガニ(学名Procambarus clarkii)しかおらず、このような行動をとる陸生甲殻類はヤシガニに限られることが報告されています。
科学者たちがカチカチ音に注目するずっと以前から、ヤシガニはその大きさで知られていました。10年以上前、ゴミ箱ほどもある実に恐ろしいヤシガニの姿がネット上に配信されるのを見て恐怖で釘付けとなったものです。しかし写真の寸法はあてにならず、ヤシガニがいかに大きくてもこれほどのものではないと、生物学者のマイケル・ボックが2010年の自らのブログ「節足動物」で記しています。
写真に見るような屋外用のゴミ箱は通常1.3m高のためヤシガニも同じ大きさだと思いがちですが、この写真のゴミ箱は普通よりずっと小さく、相対的にヤシガニを大きく見せているのだとボック氏は言います。
ヤシガニがゴミ箱ほどはないとしても、他の甲殻類に比べてひとつまみ余分な力を持つ特別な生き物であることに変わりはありません。ヤシガニがはさむ力は実はほとんどの動物が噛む力より強いのです。
実際、2016年の「Sciencealert」の記事にはヤシガニが大型の海鳥を巣からさらって翼を折り体を切り裂いた例が報告されています。この身の毛もよだつ映像を撮ったのはニューハンプシャー州ダートマス・カレッジの生物学部助教授を務めるマーク・レドル氏で、場所はインド洋チャゴス諸島。そこにはアカアシカツオドリ(Sula sula)に忍び寄ったヤシガニがハサミで襲い、制圧する姿がおさめられていました。
先の研究で記録されたのは交尾時における雌雄間のやりとりだけですが、ヤシガニの音を使った会話は交尾で出会う場合に限定されないと考えられています。ただ、ヤシガニ「言語」の広がりを読み解くにはさまざまな条件下でもっとテストを重ねる必要があるようです。
reference:livescience