通常は生命有機体が持つものと考えられている能力を持ち、細菌を死滅させる数百もの大型ウイルスが発見されました。これらのウイルスは生菌とウイルス機構の境界線をあいまいなものにする存在です。
これらのファージ(正式名バクテリオファージは細菌を「食べる」ものという意味)は生物として典型的と考えられている大きさと複雑性があり、普通、細菌の中に見つけられる遺伝子を多数持っています。そして、宿主である細菌に対抗するためにこれらの遺伝子を持ち運びます。
カリフォルニア大学バークレー校の研究チームと共同研究者らが、地球の30ヶ所近くの異なる環境から取り出したDNAの大規模なデータベースをくまなく調査することによって、これらの巨大ファージを発見しました。30ヶ所に含まれていたのは早産児や妊婦の腸、チベットの温水泉、南アフリカの生物反応器、病室、海洋、湖、地下深部などです。
全部で351の異なるファージが確認されました。そのすべてが単細胞の細菌を餌食にするウイルスの平均的なゲノムの4倍以上のゲノムを持っていました。
その中には現在までに発見されたもののとしては最大のファージがあります。ゲノムは73万5,000塩基対の長さがあり、これは平均的なファージのほぼ15倍です。既知のものの内、最大であるこのゲノムは多くの細菌のゲノムよりはるかに大きいのです。
「地球の微生物叢を探索していると意外なものが現れます。細菌に感染するこれらのウイルスは複製する存在として動物相に含まれますが、わかっていることはほとんどありません」と同大学の地球惑星科学および環境科学・政策・管理学の教授、ジル・バンフィールド氏は言っています。バンフィールド氏は2月12日付けでネイチャー誌に掲載された、この発見についての論文の上席著者です。「これらの巨大ファージは、非生物のバクテリオファージと、細菌および古細菌との間にある隔たりを埋める存在です。私たちが従来、ウイルスと見なしてきたものと生命有機体と見なしてきたもののハイブリッドである存在には成功した戦略が明らかにあったようです」
皮肉なことに、これらの巨大ファージが苦労して持ち運んでいるDNAの内側には細菌がウイルスと闘うために利用するCRISPR(クリスパー)システムの一部が入っています。これらのファージが自身のDNAを細菌に注入すると、ウイルスのCRISPRシステムが宿主の細菌のCRISPRシステムを増大させます。おそらく、大部分は他のウイルスを標的にするためだと考えられます。
「CRISPRシステムは細菌、あるいは古細菌のものだと考えていたのですが、これらのファージが競争相手に対抗するという自身の利益のために使えるように変化させ、結果的にファージ間の戦いを激しくさせたと思われるのですが、どのようにCRISPRシステムの用途を変えたのか、興味を引かれるところです」と同大学の大学院生、バシーム・アル・シェイエブ氏は語っています。アル・シェイエブ氏と研究員のロウアン・サチデーヴァ氏はネイチャー誌に掲載された論文の共同第一著者です。
巨大ファージのひとつはCas9タンパク質に似たタンパク質を合成することもできます。Cas9タンパク質は、同大学のジェニファー・ダウドゥナ氏と欧州の共同研究者、エマニュエール・シャーポンティエ氏が遺伝子編集に適応させた画期的な手法、CRISPR-Cas9(クリスパー・キャスナイン)で用いられるタンパク質です。バクテリオファージを表す記号としてギリシャ文字のΦ(ファイまたはフィー)が慣習的に使われているので、研究チームはこの小さなタンパク質にCasΦ(キャスファイまたはキャスフィー)というニックネームを付けました。
「これらの巨大ファージの中には、ゲノム編集をするための新しい手法が見つかる可能性が豊富にあります」とサチデーヴァ氏は説明しています。「私たちが見つけた遺伝子の多くは未知のものです。推定できる機能がなく、産業や医学、または農業の分野で応用することのできる新たなタンパク源となるかもしれません」
ファージと細菌が常に闘っていることについて新たな洞察を与えてくれることに加えて、この新発見はヒトの病気に影響をもたらすかもしれません。一般的にウイルスは、遺伝子を持って細胞間を移動します。抗生物質に耐性を与える遺伝子も例外ではありません。そして、細菌や古細菌が生息するところであればどこでも(ヒトの腸内微生物叢にも)ファージは存在するので、ヒトに定着する細菌の中に有害な遺伝子を持ち込むことがあります。
「ファージは発病や抗生物質耐性に関わる遺伝子を持って移動するので、間接的にファージによって発症する病気もあります」とバンフィールド氏は言っています。バンフィールド氏はイノベイティブ・ゲノミクス・インスティチュート(IGI)の微生物研究部門の責任者でもあり、CZバイオハブの研究員でもあります。「ゲノムが大きければ大きいほど、そのような種類の遺伝子を持ち運ぶ能力も高まり、ヒトの微生物叢にいる細菌に望ましくない遺伝子を持ち込む可能性も大きくなります」
15年以上にわたってバンフィールド氏は、細菌や(興味をそそる細菌の親戚筋だとバンフィールド氏が言う)古細菌、そして、地球上の異なる環境にいるファージ、これらの多様性について研究してきました。試料のすべてのDNAをシークエンシングした後、断片をつなぎ合わせてゲノムの概要配列を組み立てたり、いくつかのケースでは、それまで見たことのなかった微生物叢の全ゲノム配列を構築したりしました。
その過程で、バンフィールド氏は新たに発見した微生物叢の多くが、独立した生息を維持するのに充分であるようには見えない極めて小さなゲノムしか持っていないことに気づきました。その代わりに他の細菌や古細菌に頼って生存しているようなのです。
1年前、バンフィールド氏がLak(ラク)ファージと呼ぶ最大級のファージの仲間のいくつかがヒトの腸と口の中で見つかったことが氏によって報告されました。それらのファージは腸では腸内細菌叢を、口腔内では唾液細菌叢を食べています。
バンフィールド氏が蓄積してきたすべてのメタゲノム配列の中に巨大ファージを見つけようと徹底した調査をしたことから、今回ネイチャーに掲載された論文が生み出されました。また、世界中の共同研究者から提供された新たなメタゲノム(環境中の微生物叢全体のゲノム)も調べました。メタゲノムを収集した環境はヒヒ、ブタ、アラスカのヘラジカ、土壌サンプル、海洋、河川、湖、地下水、そして、ヒ素に汚染された水を飲み続けてきたバングラデシュの人たちを含んでいました。
研究チームは、全長が200キロベース以上ある351のファージ・ゲノムを同定しました。この長さはファージ・ゲノムの平均全長50kb(キロバイト)の4倍です。175のファージ・ゲノムの正確な長さを確定することができましたが、それ以外のファージ・ゲノムは200kbよりはるかに大きい可能性があります。完全なゲノムの内のひとつは長さが73万5,000塩基対あり、存在が知られているファージ・ゲノムの中で現在、最大のものです。
これらの巨大ファージの遺伝子の大半が未知のタンパク質をコードするのですが、研究チームは、メッセンジャーRNAをタンパク質に翻訳する、リボソームという機構に必須のタンパク質をコードする遺伝子を同定することができました。そのような遺伝子は通常はウイルスではなく、細菌か古細菌の中にしか見つけられないものです。
研究チームは転移RNAをつくる多数の遺伝子を見つけました。転移RNAがアミノ酸をリボソームに運び、そこでアミノ酸は新生タンパク質に組み込まれます。また、転移RNAを乗せて制御するタンパク質をつくる遺伝子、および、翻訳のスイッチをオンにするタンパク質やリボソーム自体の構成粒子さえつくる遺伝子も発見しました。
「通常は生物を非生物と分けるのはリボソームを保有して翻訳能力があることです。それが、ウイルスと細菌、非生物と生物を分ける主な定義的特徴のひとつです」とサチデーヴァ氏。「大型のファージのなかには、この翻訳機構をたくさん持っているものがあるので、境界線をややあいまいにする存在となっています」
巨大ファージは細菌が自身のためにタンパク質を合成するのを阻み、代わりにファージのタンパク質を複製させるようにリボソームを転換させるためにこれらの遺伝子を使っていると思われます。また、特定のアミノ酸をつくる代替的な遺伝暗号を持っている巨大ファージもいくつかあります。この遺伝暗号は塩基3個1組が配列されているものであり、この核酸トリプレットがコードするアミノ酸は宿主の細菌のリボソームを混乱させ、RNAの解読を妨げます。
加えて、新たに見つかった巨大ファージのいくつかはCasタンパク質の変種をつくる遺伝子を持ち運んでいます。Casタンパク質の変種は様々な細菌のCRISPRシステムの中に見つかっており、例として、Cas9、Cas12、CasX、CasYのそれぞれのタンパク質ファミリーがあります。CasΦはCas12ファミリーの変種です。また、CRISPR配列のある巨大ファージも何種類か存在します。CRISPR配列はウイルスのDNAの断片を細菌が将来、参照する目的で保存する、細菌のゲノムの領域です。ファージが戻って来たときに細菌がそれと認識し、ファージを標的にして撃退するCasタンパク質を結集することができるように細菌が備えているものです。
「高次元の結論は、大きなゲノムを持つファージが地球のいくつもの生態系のあちらこちらで目立つ存在であり、特定の生態系に固有のものではないということです」とバンフィールド氏は言っています。「そして、大きなゲノムのあるファージ同士は同類なのです。これは、大きなゲノムを持っていた歴史が長く、確立された系統であるということを意味します。大きなゲノムを持つことは成功するひとつの戦略ですが、その戦略についてわかっていることはほとんどありません」
研究チームは351のメガファージを10の新たなグループ(クレード)に分けました。論文の共著者たちの言語で「大きい」を表す言葉にちなんだ名前が付けられました。マハファージ(サンスクリト語)、カビーアファージ、ダクフムファージ、ジャバーファージ(アラビア語)、キョダイファージ(日本語)、ビギーファージ(オーストラリア英語)、ワパファージ(アメリカ英語)、ジュウダアファージ(中国語)、エノーマファージ(フランス語)、ケイエムファージ(デンマーク語)。
カリフォルニア大学バークレー校の研究はイノベイティブ・ゲノミクス・インスティチュート(IGI)およびアメリカ国立衛生研究所に主として支援していただきました。当大学と提携しつつ、45名の共著者の内、35名が調査に貢献しました。
reference:sciencedaily