医療科学は魅惑的な事実に満ちていますが、麻酔はどのようにはたらき人の意識を失わせるのかを誰も分かっていないという事実以上に度肝を抜かれるものはまずないのではないでしょうか。しくみを理解しないまま175年も人々を手術の恐怖から救ってきましたが、患者を忘却へと誘う睡眠薬のメカニズムを今ようやく科学者たちがどうやら突き止めたようだというのです。
全身麻酔が初めて使われたのは1848年のマサチューセッツ総合病院で、腫瘍のある患者が手術の際にエーテルを吸引し眠ったことで外科科学に大変革をもたらしました。20世紀の変わり目には、様々な麻酔薬の効能は脂質への溶解度に関連していることが発見され、どういうわけか脳細胞膜と相互作用するらしいという理論が導き出されました。
こういった化合物への理解が進まなかったため、1世紀以上にわたって進歩せず停滞していましたが、米国科学アカデミー紀要に掲載された研究論文によるとついに謎が解けたようなのです。
研究者たちはまず細胞をクロロホルムに浸すと、GM1と呼ばれるきちんと詰め込まれた脂質クラスターが急に拡大して乱れたことを観察しました。細胞膜にあるGM1クラスターは内容物を溢れさせ、ホスホリパーゼD2(PLD2)と呼ばれる酵素を出します。
科学者たちはPIP2と呼ばれる別のタイプの脂質クラスターに対してどんな動きをするかトラッキングできるようにPLD2に蛍光マーカーでタグ付けしました。PIP2には膜を通過するカリウムの通路を制御するTREK1カリウムイオンチャンネルとして知られるゲートウェイが含まれており、これによって細胞内のシグナル伝達が変化するのです。
TREK1の活性化はニューロンを一時的に停止することで知られており、これによって意識を失うこととなります。ですから研究者たちは、吸引したクロロホルムやイソフルラン、ジエチルエーテルのような麻酔薬はPLD2を介してこれらのチャンネルを活性化させているに違いないと結論づけました。
この結論を実証するために研究チームはショウジョウバエをPLD2が欠如するように遺伝子組み換えをしたところ、多くの麻酔薬の影響を受けにくくなることがわかりました。しかし興味深いことに、これらの化合物を大量投与した場合にはハエは意識を失ったことから、PLD2だけが麻酔薬が効く唯一の要因ではないことを示しています。
「全てのハエが結果的には意識を失ったことから、PLDが意識を失わせる一助となっているが、麻酔薬の感受性を唯一制御する存在ではないのです。」と研究論文の著者は説明しています。
とにかく、今回の発見は著者であるリチャード・ラーナー氏が言う『最大の医学の謎』を解く大きな一歩となり、次にあなたが手術台に登った時に10からカウントダウンして意識が飛ぶのを待つ間に思いを巡らせるきっかけとなったことでしょう。
reference:iflscience