人の顔に大粒の雨が当たったとしてもせいぜい邪魔なくらいで済みます。しかし蝶のように小さく脆弱な生物にとって、雨滴に当たるというのは人が空から落ちて来るボーリングの玉を受けるほどの衝撃を伴います。
ニューヨーク州コーネル大学、生物環境科学担当エンジニアのユン・スンファン氏によれば、「雨(に打たれること)はこの種の小動物にとって最も危険な出来事」です。ユン氏の説明によると、脆弱な生物にとって問題なのは雨滴によって受ける衝撃だけではありません。雨は昆虫から飛ぶ力を奪い、鳥の体温を低下させるため、雨滴との接触時間を減らすことが多くの動物にとって重要となるのです。
キム・スンホ氏、ユン氏とその同僚はさまざまな動植物がどうやってこの危険を回避しているかを調べました。彼らは毎秒5千~2万フレーム撮影可能な高速度カメラを用い、水滴が蝶、蛾、トンボ、カツオドリの羽、桂の木の葉に落ちる瞬間を捉えて観察しました。
過去の研究において実際の雨よりかなり遅い落下速度での観察が行なわれたことはありますが、今回のスピードは最大秒速10mです。新たな研究では対象物に高速で水を垂らし、落下の結果生じたさまざまな過程が記録されました。観察の結果、水滴が木の葉や蝶の羽に当たると表面の微小なこぶや棘との接触によって水滴に一種の衝撃波が生じることが分かりました。
この波は互いに干渉し合い、場所によって厚さの異なるしわのようなパターンを作りながら水滴を伝わります。次に水滴がはね返る瞬間、波の作り出す効果に伴って翼の表面にある棘が水膜を突き抜けて穴を開け、水滴を小さな破片に分裂させます。(この効果は水滴を棘の多い人工物の表面に落とすことによって観測されました。)
研究によるとこうした自然物の表面ではナノスケール構造のワックス層が水をはじき、水滴の分裂効果とあいまって物質表面と水の接触時間を最大70%減少させることが分かりました。これは同様に熱や運動量の損失を防ぐことにもなります。筋組織に熱を保持して飛び続け、捕食者から逃れなければならない昆虫にとっては大きな違いだと言えます。
ユン氏の説明によれば、「こうした生物はマイクロスケール(表面のこぶ)とナノスケ-ル(ワックス状表面)の二段階構造を持つことにより、高疎水性の(水をはじく)表面を獲得している」と言います。さらにキム氏らはこのような雨滴の破片が病原体となる菌類の胞子を含むことを見出しました。これは菌類が植物の防衛機能を繁殖に利用していることを意味します。「この研究は高速の雨滴が自然物の疎水性表面にどういう形で衝突するかを示した最初のものとなります。」ユン氏はこのように述べています。
蝶の羽にある微小な棘で雨滴を砕くメカニズムをより良く理解することができれば先進的な防水素材の開発に役立つかもしれません。防水に関しては蓮の葉にヒントを得た撥水加工など、今でも自然界の知恵を借りています。ユン氏は言います。「この種の素材表面には大きな市場が見込めます。ただこの素材を工業製品に応用するのであれば、耐久性が最大の課題だと言えるでしょう。」
なおこの研究は「Proceedings of the National Academy of Sciences」誌に掲載されました。
reference:sciencealert