ADHDと聞いて、あなたは何を思い浮かべますか?
多くの場合、ADHDに対するイメージは漠然としており、そしてネガティブなものが多いです。一部には、「ADHDなんて、ただの甘え」といった過激な意見もあり、この障害には多くの誤解と偏見があります。そして、最近になってADHDという言葉を耳にする機会が増えたのには、何か理由があるはずです。
この障害はどのようなメカニズムで人を苦しめるのでしょうか?そして、ADHD患者には、現実世界がどのように見えているのでしょうか?
ADHDとは何か?
発達障害とは、生まれつきの脳の特性や働き方が原因で、心や行動に特定のパターンが生じ、日常生活に支障が出る状態を指します。
大きく次の3つに分類されます。
- 自閉スペクトラム症(ASD)
- 注意欠如・多動症(ADHD)
- 学習障害/限局性学習症(LD/SLD)
そして、不注意、多動性、衝動性を特徴とするのがADHDです。年相応な落ち着きに欠け、動き回ったり、暴れたりする傾向が強く、その結果、強い生きづらさを感じざるを得ない障害、それがADHDと考えて下さい。
なぜ診断数は増えているのか?
ADHDの有病率は、3~18歳の子供、ティーンエイジャーで6~8%程度であり、珍しい障害ではありません。近年、その患者数は増加傾向にあり、日本では、2010年~2019年の期間に、その年間発生率が19歳以下で約2.6倍、20歳以上の場合、約21.1倍も増加しました。
これはADHDに苦しむ人が増えたというよりもむしろ、この障害の認知度が高まり、さらに、診断基準が拡大された事で、その診断数も増加した事が原因です。
これまで見過ごされてきた不幸な事例を、精神医学が正しく発掘する事に成功したといえます。
現代社会に溶け込んだ精神障害、ADHD。その患者の脳には共通する特殊性があります。
ADHDの脳内では何が起きているのか?
脳の活動とはすなわち、神経細胞の電気的な興奮と抑制であり、これは様々な神経伝達物質で制御されています。
ADHD患者の脳においては、意欲や興奮に関与するドーパミン、ノルアドレナリン、そして、興奮の抑制や気分の調節に関わるセロトニンの活動に特徴的な乱れが生じています。
また、思考、判断、注意、自己抑制などに関与する脳の前頭前野の機能調節に偏りが生じている事も、ADHD患者の脳の特徴です。

たった一つの、大事な個性がもたらす生きづらさ。それがADHDの悲しい現実ですが、この障害に苦しんでいる人々は、どのような世界を生きているのでしょうか?
あくまで科学的な視点から、その現実を覗いてみましょう。
ADHDは後天的に発症するか?
最初に大事な事実を述べておくと、あなたが定型発達した大人、誤解を恐れずにいうと、普通の人であるならば、ある日突然ADHDを発症するという事はあり得ません。
というのも、この障害は、先天的な脳特性と社会環境、この両方が重なって発症するためです。ほとんどのケースにおいては、12歳前までにいくつかの症例、例えば、注意不足、ケアレスミスの多発、努力が維持できない、忘れ物が多い、衝動的な行動が多い、動き回る、などが現れ、家庭や学校での生活に支障が出ます。
つまり、不注意・多動性・衝動性、これらがADHDの三大特性であり、その具体例は、個人の特性と環境に大きく依存するのです。
そのため、例えあなたがADHD的な脳を保有していたとしても、社会環境が完全にそれを受け入れ、サポート体制も充分で、日常生活に全く支障がないのであれば、それはADHDとして社会に認知されません。
そういう意味では、この障害は生物学的要素をベースとして社会的環境がトリガーとなる、極めて複雑かつ人間的な精神障害といえます。
従来、ADHDは子供に特徴的な精神障害とされていましたが、近年、この障害の約半数は、成人期になっても持続する事が解ってきました。そのため、この障害は、あなた達人間の社会に幅広く、そして普遍的に分布しています。
成人期のADHDの場合、子供で見られる激しい運動性の多動と衝動的行動、つまり、動きまわったり、急に走り出したり、暴れたり、暴力をふるったり…といった症状は治まる事が一般的ですが、それでも、いつも落ち着きがなく、集中力に欠け、特定の課題を最後までやり遂げる事が困難な場合が多いです。
このような特徴が周りの人々からは異様に映るため、正常な人間関係を構築・維持する事が難しい場合も多いでしょう。
普通に生きているだけなのに、なぜか普通ができない。それはまるで、どんよりと濁った沼で一人溺れるだけの、緩やかな拷問のような毎日。
ADHDのメカニズム|ドーパミンの役割
まず脳の構造と機能に注目すると、ADHDの子供の脳は、報酬系に関与する側坐核と、思考、感情、判断などの高次機能を司る前頭前野の接続性が増加しており、これが多動性を誘発します。
他にも、注意、感情、多動性、衝動性を制御する皮質-線条体-視床-皮質回路の機能も低下しており、これもまた、多動性、衝動性を高めます。

また、神経活動にも特徴があるのですが、注目すべきは神経伝達物質。特にドーパミンです。
この物質は神経細胞末端から放出され、次の神経細胞にキャッチされる事で、やる気や喜び、快楽などの心の動きを誘発します。
この反応において、神経細胞末端から放出されたドーパミンは、その全てが次の神経細胞に伝達されるわけではなく、ドーパミントランスポーターという専用装置により、一部が元の神経細胞に回収されます。

これは、ドーパミンの過剰放出を避けるための基本設計なのですが、ADHD患者の脳は、この回収装置の密度が生まれつき高く、そのため、放出されたドーパミンの多くが、次の神経細胞に運ばれずに、元の神経細胞に戻ってしまうのです。
その結果、脳は恒常的なドーパミン不足に陥ります。つまり、普通の刺激では充分に興奮しない脳、それがADHDの苦悩の原因なのです。
この障害に苦しむ患者が、落ち着きなく動き回り、一つの事に集中できず、時に暴れたり、自暴自棄ともいえるような衝動的行動をとるのも、満たされる事のないドーパミンの刺激を外界に求めた結果であり、いわばそれは、今その瞬間を生き抜くための、心の絶叫ともみなせるのかもしれません。
ADHD治療薬の逆説
一つ、興味深い事実を紹介しましょう。ADHDの治療薬であるコンサータは、興奮剤であるコカインとほぼ同じ、そして、覚醒剤であるメタンフェタミンやアンフェタミンと部分的に同じメカニズムでドーパミンの放出を促進するのですが、それが興奮剤であるにもかかわらず、ADHD患者の多動性、衝動性を抑え、落ち着きと集中力を与えます。
興奮剤を用いて多動と衝動を抑え、静寂と平穏を与える。このような逆説的ともいえる治療方法は、ADHD患者の日常がいかに不合理と苦しみに溢れているかを想像する上で、極めて示唆的です。
ADHDは甘えではない
ADHDは、言ってしまえば、脳の個性です。
- 本当に治療する必要があるのか?
- 社会不適合者の甘えではないのか?
- 精神科医や医薬品業界がお金欲しさにでっち上げた、偽りの障害ではないのか?
という意見もあるようですが、これは、やや近視眼的でしょう。というのも、既に説明した通り、ADHD患者の脳は、明らかにその機能と構造が、定型発達者のものとは異なります。
さらにいえば、ADHD患者は、その生きづらさ、より科学的な表現をすると、ドーパミン不足を自己解決するために、アルコールやたばこ、覚醒剤、コカイン、大麻のような脳に作用するドラッグの使用率が高く、乱用や依存の発生率が2.5倍高いとの報告もあります。
また、ADHDと自殺の関係についても暗い報告は多く、数万人から数百万人規模の調査事例の多くで、自殺未遂や自殺率が2倍以上も高くなる事実が報告されています。
場合によっては死に至る障害、それがADHDなのです。
必要なのは理解と支援
もしこの動画を見ているあなたや、あなたの大事なお子様が多動性、衝動性、注意力欠如に起因する生きづらさを感じていたとしても、それは特に珍しい事ではありません。
ですがその個性は、一生付き合っていく性質のものとなります。だからこそ、あなたやその関係者が苦しみから少しでも解放されるために、今できる工夫として、精神科医に相談するのも良いでしょう。
この障害を個人レベルで解決する事は、極めて困難です。しかし、現代の精神医学は、薬物療法、行動療法、認知行動療法などの手段で、その苦しみを軽減する事ができます。
あなたにはそれを積極的に利用する権利がありますし、その行為を誰かに恥じる理由も、全くないでしょう。
今回のバイエンスはここまで、またお会いしましょう。
【参考文献】
・The global prevalence of ADHD in children and adolescents: a systematic review and meta-analysis
・2012 年から 2017 年にかけて大人の ADHD の診断数が日本で急増
・ADHD: Reviewing the Causes and Evaluating Solutions
・Attention-Deficit/Hyperactivity Disorder and Substance Abuse
・The binding sites for cocaine and dopamine in the dopamine transporter overlap














