最悪の状況下でどのように第二次世界対戦中のチフス感染が収束したのか

コロナウイルスの大流行真っ只中で、歴史学者や疫学者たちは過去に起きた伝染性の病気からヒントを得ようと、第二次世界大戦中ナチス・ドイツがポーランドに占領したワルシャワ・ゲットーの例に注目しました。

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非常に密集し、飢餓に苦しみ、酷い衛生環境のゲットーに閉じ込められた中で、チフスの感染拡大を抑え、10万人もの人々の命が助かったのです。なぜ感染拡大が抑えられたのかという新たな研究によって、当時よりもずっといい環境下で奮闘しているはずの我々はこの前例から学ぶことができます。

ポーランドを征服後、ナチスは45万人以上のユダヤ人をおよそ4.5平方キロメートルのワルシャワ・ゲットー内に閉じ込めました。それに比べてマンハッタンは4倍以上の人口ではありますが17倍の広があります。現代ある中で最も込み合っている難民キャンプでさえひとりあたりのスペースはもっと広くとっています。

「ワルシャワ・ゲットーはバクテリアにとってチフスを広げる恰好の繁殖場で、山火事のようにユダヤ人を襲いました。」とオーストラリアのRMIT大学のレヴィ・ストーン教授述べました

ゲットーでは30,000人ほどがチフスによって亡くなりましたが、その3倍ほどの人口は助かりました。それにもかかわらず、伝染病は大多数の人に感染することなく治まったので。さらに信じられないことに、1941から1942年にかけて厳しい冬に直面して感染のピークを迎えると予測していた時期に急激に減少したのです。

「これは奇跡だと多くの人は思いました。」とチフスの感染拡大を研究するために世界中の研究者とタッグを組んだストーン氏は話しています。 Science Advancesの記事の中で、彼はどのように科学、特にユダヤ人医師の尽力が感染を止めたのかを示しました。違う病気ではありますが、チフスの感染拡大は現在の疫学者が提唱する衛生プログラム、自己隔離、ソーシャルディスタンシングで止めることができたわけです。

ゲットーに閉じ込められた人たちが医師のアドバイスを守ったことが決定打だったのです。

ストーン氏がこのような結論に達した理由は、ゲットー内の医師が起こったことを記録することに尽力を尽くしていたからでした。この記録によって飢餓による影響に関する有益な情報を得ることができましたが、チフスの流行に関しては現代の疫学や統計学を利用して研究したことはありませんでした。

「私は世界中の図書館に長時間篭って、採用された治療法や感染自体の正確な大きさを詳細に知るために資料や出版物を読み漁りました。」とストーン氏は語っています。そして彼は個々の衛生管理、感染者の自己隔離、ディスタンシングがチフスの感染拡大を食い止めたのだろうという何百もの公開講義のレポートや、医学生を感染から守るための訓練をするための医科大学を見つけました。

チフスはユダヤ人が監禁されたウクライナの都市でも発生し、中でもシャールホロドという街では、石鹸製造を開始し、清掃サービスを実施したところ感染拡大が止まったというストーン氏の主張を後押しする事実もあります。

ストーン氏と共著者たちは、ナチス・ドイツがチフスの驚異を利用しユダヤ人をゲットーに押し込め、その後住人たちを死の収容所に移送することを正当化した、と指摘しています。「これは単なる細菌の出現によって人種的に導かれた疫学の原理に基づいて、人間が他人との接触を断つという人間の能力を実証しています。」と記しています。少数民族に死が偏った感染拡大に今直面していますが、このようなおぞましい事があったとは考えていません。

reference:iflscience



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