2019年初めにマサチューセッツ工科大学(MIT)が主導した研究で、点滅し続ける光と低音域で鳴り続ける音を使って、アルツハイマー病によって失われた脳波を再び発生させることに成功しました。再発生した脳波は有害なタンパク質の塊を取り除き、その結果、アルツハイマー病に似た行動を示すよう遺伝子工学的に操作されたマウスの認知機能を改善させました。
これは、アルツハイマー病との闘いに役立たせるために光と音を利用して患者自身の脳波を誘発するアプローチと言えそうです。
ただ、この手法はまだヒトを対象とした臨床試験が行われていないので、喜ぶのは時期尚早です。脳波はヒトとマウスでは機能の仕方が異なることが知られているからです。
しかし、もしヒトへの試験でも再現可能であれば、この初期的な実験結果は一般的な種類の認知症であるアルツハイマー病を治療するための安価で薬を必要としない方法となり得ることを示唆しています。
では、そのメカニズムを見てみましょう。
先行する研究で、1秒間に40回点滅する光をアルツハイマー病と似た症状を人工的に発症させたマウスの目に照射するという治療法が成功しています。この研究を発展させる形で、研究者らは光に加えて同様の周波数の音の刺激も与えたところ、結果が劇的に改善したと言います。
「視覚と聴覚の刺激を組み合わせてマウスに与えることを1週間続けると、前頭前皮質が活発になり、アミロイドが顕著に減少しました」とMITピコワー学習記憶研究所の研究員であるリーフエイ・ツァイ氏は2019年3月に述べています。
タウタンパク質のもつれやアミロイドタンパク質の塊は少なくとも部分的にアルツハイマー病の原因となりますが、脳内のこれらの物質を除去することにおいて音が果たし得る役割を調べる研究として、これは最初のものではありません。
いくつかの先行研究では、連続的な超音波の塊(パルス波)の照射によって、強力な効果のある処置を脳内に迅速に送り届けることができるほど血流を改善させたり、神経系の老廃物の掃除屋である小膠細胞(しょうこうさいぼう)が働くペースを上げるのを促したりすることを確認しています。
脳神経細胞にアミノイドの塊が付くように処置されたマウスに1秒間に約40回という周波数で点滅する光を照射すると同様の効果があることをツァイ氏は数年前に発見しました。
「結果はあまりに驚くべきものであり、また、確固としたものだったので、同じことをヒトに試す実験をなかなか実感を持って想像できませんでしたが、その方法を考え出す必要があるということはわかっていました」と当時、ツァイ氏はネイチャー誌のヘレン・トムソン記者に語っています。
唯一の問題は、この効果は脳の視覚野に限定されており、記憶の形成と呼び出しに主に関わる部位には作用しないことでした。
この手法の実用化はやや限定されたものになるように思えましたが、周期的な刺激がどのように脳をアルツハイマー病の支配から回復させる助けになり得るのかをこの実験結果は示していました。
私たちの脳の神経細胞が電気信号を送ると、離れた部位同士を同期させ続けるのに役立つ電磁波、いわゆる「脳波」も発生します。
そのような振動セットの一つに1秒間におよそ30~90の波を立てて脳全体に広がるガンマ周波というものがあります。このような脳波が最も活発になるのは、起きている出来事を理解しようと細心の注意を払って記憶を検索しているときです。
ツァイ氏の先行する研究では、アルツハイマー病患者の脳ではガンマ波は働きを妨げられており、それが病状自体において中心的な役割を担っているかもしれないということが示唆されていました。
光の利用は、脳の特定の部位がガンマ波とキーを合わせてハミングするようにだますためのひとつの方法に過ぎません。また、音は別の部位を操作することができます。超音波の甲高い声の代わりにヒトがやっと聞き取れる40ヘルツというずっと低く単調な音をツァイ氏は実験に使用しました。
この単調に続く音を1週間にわたって毎日、被験マウスに聞かせたところ、聴覚野に蓄積するアミロイドの量が著しく減少すると同時に小膠細胞の活性化と血管の拡張が見られました。
「この実験で示されたのは、まったく異なる感覚様式を使って脳内でガンマ波の振動を誘発することができるということです」とツァイ氏。
さらなる恩恵として、40ヘルツの低音は聴覚野の近くにある海馬に付着した老廃物を取り除くのにも役立っていました。海馬は記憶に関連する重要部分です。
効果はマウスの脳内の化学変化においてのみ明白だったのではありません。機能面でも、この治療法を受けたマウスは様々な認知テストで能力が改善したことを示しました。
先行研究の光療法を追加すると、またさらに劇的な効果が得られました。前頭前皮質を含め、脳全体にわたる多数の部位でタンパク質の塊が除去されたのです。小膠細胞も老廃物の掃除に励みました。
「小膠細胞はタンパク質の塊の周りに集まって重なり合いながら貪食します」とツァイ氏は説明しています。
神経系が老廃物を除去し、活動を同期させるメカニズムを新たに発見したことは、あらゆる種類の神経障害の治療法を開発することに向けて大きく前進する一歩となりました。これらの発見をヒトの脳に置き換えて解釈するためには、さらに研究を重ねなくてはなりません。マウスとヒトでは、同様にアルツハイマー病の症状のある脳であっても、ガンマ波の作用の仕方が対照的になる可能性があるのなら、なおさら、後続研究での検証が必要です。
これまでのところ、安全性の初期テストでは、この方法には明確な副作用がないと見られています。
reference: sciencealert