米国で、重度のオピオイド(麻薬性鎮痛薬)使用障害に苦しむ患者の脳にチップを埋め込む処置が、初めて行われました。
脳深部刺激装置として知られるこのチップは、人間の脳内回路の機能を変えるように設計されています。これまでにパーキンソン病やジストニア、てんかん、強迫性障害、うつ病の治療である程度の成功をおさめています。
この処置は、オピオイド依存を減らす薬物療法などといった通常の治療法がうまくいかなかった場合の最後の手段となります。
心臓のペースメーカーのように働く脳深部刺激装置の埋め込み手術を執刀したのは、ウェストバージニア大学ロックフェラー神経科学研究所のエグゼクティブチェアマンであるアリ・レザイ医師。
患者である33歳のホテルマン、ジェロッド・バックホルター氏は、これまでさまざまな薬や入院治療、外来治療を試みたものの15歳以降、4ヶ月以上オピオイドを断つことができなかったそうです。
バックホルター氏は、この治療法の本格的な臨床試験実施にあたり安全性を実証するパイロット・プログラムの4人の治験者の中の最初の治験者。この治験は、オピオイドに対する依存性が最も高い乱用者を対象としており、長期間の過剰摂取や再発、仕事の継続困難、および後遺症に直面しているであろう人を対象に行います。
7時間におよぶ手術が行われ、その後大学側から発表がありました。
レザイ医師率いる手術チームは、バックホルター氏の頭蓋骨に5セント硬化大の穴を開け、脳の側坐核に4本のワイヤーを挿入しました。そこは脳の報酬系で、オピオイドに対し強く反応します。
レザイ医師によると、頭蓋骨に穴を開けるときを除き、バックホルター氏は目を覚ましており、手術中に返答が求められたそうです。
チップについている電極に電流を送ることで、医師たちはバックホルター氏の報酬系の不均衡を調整できると考えています。また、レザイ医師は、この介入を行うことで、彼の状態が悪化するのを防ぐかもしれないと語りました。通常の状態だと、彼のオピオイドへの渇望はますます強くなる可能性があるそうです。
ワイヤーは、バックホルター氏の鎖骨の内側に埋め込んだ懐中時計サイズの刺激装置とバッテリーの位置から脳まで通っています。
医師は、ワイヤレステクノロジーを用いて電極に流れる電流を調整し、バックホルター氏のニーズに応じて側坐核に多少の刺激を与えます。
レザイ医師は、医師や研究者たちがまだこれがどのように働くか完全には把握していないと述べました。
「正確なメカニズムはわかってないのです。」そう彼は言いました。ドーパミンと呼ばれる化学メッセンジャーに依存する報酬回路を調整することで、「克服できるので、ドーパミンはそれほど必要としなくなります。」
他の病気に対する同じタイプの手術では、パーキンソン病患者が経験する運動障害を含む衰弱症状を緩和してきました。レザイ医師によると、世界中で約18万人の人々が脳深部刺激装置を使用していると言います。
オピオイド使用障害のある人のための同手術が、中国とオランダで行われたと、マウントサイナイ医科大学の高度回路治療センター所長、ヘレン・S・メイバーグは述べました。これはアルコール依存症の治療法としても試みられています。
オピオイド依存者急増の危機が続く中、他の国々では最も深刻な依存症の人々に対しさまざまなアプローチを行っています。例えばカナダでは、いくつかの小規模なプログラムで慢性的なヘロイン中毒者に対し医薬品グレードの麻薬を提供しており、うまくいっています。
レザイ医師が行った手術は、米国でのオピオイド使用障害に脳深部刺激を用いた最初の試みと考えられます。国立薬物乱用研究所(NIDA)から一部資金提供を受けており、アメリカ食品医薬品局や他の機関からの承認が必要となります。
NIDAの所長、ノラ・フォルコウ氏によると、彼女は中国で処置を受けた少数の患者と話をし、外科手術に見込みがあると結論づけました。患者たちが彼女に語ったところによると、手術後、もはや薬が欲しいと躍起になることはなく、他のことに注意を払えるようになったそうです。
「彼らは、これまで以上に他のことに関与したり、興味を持つようになった」そう彼女は語りました。オピオイドへの執着が手術により中断されたのかもしれませんと彼女は言います。
治験には関わっていなかったメイバーグ氏は、努力の論理は健全で、脳のこの部分の回路は他の領域と比べてよくマッピングされていると述べます。重要なのは、研究者たちが電極を挿入する正確な場所を見つけたかどうかです。
ウェイクフォレスト大学医学部で生理学および薬理学の教授であるリンダ・J・ポリーノ氏によると、動物試験と他の病気に対して脳深部刺激を受けた人の事例証拠から、この手術はオピオイド、アルコール、ニコチン、コカインに対する欲求を抑えるのに役立つ可能性があることを示すそうです。
しかし、刺激により認知障害や物忘れなどの副作用も報告されていると、ポリーノ氏は言います。そのため、この技術の使用を進めるにあたり、対照臨床試験が不可欠だと言います。
病院で行った電話インタビューでペンシルベニア州ディリナー在住のバックホルター氏は、15歳のとき、フットボールで怪我をして肩を手術した際にパーコセットを投与されたと述べました。そして数日のうちに麻薬に依存してしまったそうです。
バックホルター氏は、すぐにヘロインに目を向けます。それによってフットボールの奨学金を失い、以来中毒症状に苦しんでいると語っています。もはや麻薬なしでは、喜びを感じられなかったそうです。
しかし、すぐに彼が経験した高揚感は消え、離脱症状の痛みを食い止めるためにオピオイドが必要になりました。後年、彼はオピオイドよりもザナックスなどのベンゾジアゼピン系薬に依存するようになりました。
彼は過剰摂取を2度行い、さまざまな入院治療と外来治療を試みましたが、失敗に終わっています。
「考えられるあらゆる種類の治療を受けてきました。」とバックホルター氏は語ります。「長期治療で何度も入院し、さまざまなデトックスなど、挙げられるものはすべて受けてきました。」
バックホルター氏は、脳深部刺激がうまくいかなかった場合、どうするかは考えないようにしていると語りました。
「うまくいかないときは、うまくいかないんです。」と彼は言います。「1ヶ月前、ここに入る前まで、すっとそんな状態でしたから。」
reference: sciencealert