銃によるけがや、刺し傷などの外傷を負った患者に低体温症を誘発し、臓器機能を意図的に遅らせるために史上初となる、コールドスリープ(人工冷凍)という手法が使用されました。
緊急保存や蘇生(EPR)と呼ばれるこの手順は、外科医による手術時間を最大2時間延ばすことができます。少なくとも1人の患者の手術に、コールドスリープが使用されたことがわかっていますが、その後の患者の怪我の状態や行方は発表されていません。臨床試験はまだ進行中であるとのことです。
患者に急性外傷がある場合、重度の酸素または失血状態になる前に、外科医が傷を縫い合わせる時間はわずか数分しかありません。患者は、血液の半分以上を失い、心停止状態になり、その生存確率はたったの約5%であるといいます。しかし、そうしなければ、その傷を患者が出血で亡くなってしまう前に対処することができない、とトムソン氏はいいます。
EPR処置で、外科チームは、大動脈(心臓から出る主動脈) に少なくとも1分間の速度を保ち、ポンプで氷冷生理水(ザリン)を送り込みます。体温が華氏50度〜60度に下がると、血液循環と脳活動が劇的に遅くなるため、手術に時間の余裕が生まれるのです。傷が縫合された後、外科医は人工心肺蘇生器を使用して患者に血液を送り返し、体が自身で血液を循環するのに十分な体温になるまで、温度を少しずつに上昇させていきます。
11月18日のニューヨーク科学アカデミーで、メリーランド大学医学部外科教授のサミュエル・ティシャーマン氏は、EPRと研究チームの進歩に関する医学について発表しました。ティシャーマンはボルチモアにある大学のショック外傷センターでEPR実験を主導しています。
ニューヨーク大学ベルビュー病院センターの外傷外科医であるマルコ・ブクル氏は、「これは最先端の科学であり、その詳細が明らかになれば、人体の取り扱い方に大きな影響を与えることになる。」と言います。
Journal of Trauma and Acute Care Surgeryの2017年の記事で、ティシャーマン氏と研究チームは、EPRが大型動物に有効であることを報告しました。この実験では豚を使用し、豚は正常に冷却され、手術され、蘇生され、その後も持続的な脳機能が確認されています。
しかし、倫理的配慮が重要のため、この実験を外傷ケアに持ち込むには慎重性が問われます。
実験は、EPRを受ける10人の患者と標準的な治療を受ける10人の合計20名に設定され、資格要件によって、参加できる対象者を制限します。例えば、この実験に参加するには、患者に脊髄または脳損傷があってはならず、EPRプロセスに入ってから5分以内に脈拍がなければなりません。外傷センターは、患者が来た際に適当な患者を受け入れるように体制を整えておく必要があります。人工心肺蘇生装置を入手し、それ扱うことができる臨床工学技士を雇うのはとても高くつくとブカー氏は言います。
「1人の患者が正常に、バイパスに乗ったという事実は明確ですが、一人の患者だけに基づいてこれを成功もしくは失敗と言うべきではないと思います。」とブカー氏は述べています。
ブカー氏の発言と合わせて、ボルチモアも医療界コミュニティは、実験技術に恵まれていないという長い歴史があります。ボルチモア・サンによると、ボルチモアの銃撃犠牲者の90%以上が男性、その90%が黒人男性で、そのほとんどが30歳未満だといいます。ボルチモア外傷センターの近くの地域の人口統計のため、臨床試験の参加者が「黒人、低所得者、男性」になることは「明確な事実」です。
「多くの場合、人々がこのような研究の根拠を得ようとするなら、病気などの緊急患者に迅速な手立として実証するべきで、より良い解決策が必要でしょう。また、これは研究なので、定義上、優位性がリスクを上回るかどうかは分かっていません。」と、イェール大学の医療倫理学者ハリエット・A・ワシントン氏は話しています。
研究の多くの合併症において、コールドスリープの与える長期間での健康への影響はわかっていません。ニューサイエンティストによると、人間の脳は通常、酸素なしで約5分間しか機能しませんが、脳と身体の残りの部分が冷やされると、生化学的反応が遅くなり、体は酸素なしでも長時間耐えることができます。
それでも、酸素欠乏は脳や他の重要な器官に長期的な損傷を与える可能性があります。再び体が温まり、血液が回復するにつれて、酸素との化学反応は組織に損傷を与えることもあります。
重篤な症例では、特に主要な体の組織に影響を受け、患者が長時間心肺蘇生装置に依存している場合、多臓器不全を引き起こす可能性があるそうです。ティシャーマン氏は、研究チームが再灌流傷害(虚血状態にある臓器,組織に血液再灌流が起きた際に,その臓器・組織内の微小循環において種々の毒性物質の産生が惹起され引きおこされる障害)を最小限に抑え、患者へのコールドスリープの長さを延長できるといわれる「混合薬物」の使用を検討していることを話しています。
この臨床試験は来年完了予定で、手術が全国の病院外傷センターで広く行われる前に、重傷を負った患者にコールドスリープの手法を取り入れるかどうかの決定が下されるかもしれません。
reference: smithsonian.com