米国のドナルド・トランプ大統領は望む時にいつでも核兵器を発射することができます。この権限において確認手続きは存在しません。史上最も破壊的な兵器を放つ決断を国会、国防総省、あるいは大統領補佐官たち、その誰にも相談する必要がないのです。
「実際には恐ろしいほど単純な手続きなのです」と憂慮する科学者同盟の分析官、エリン・マクドナルド氏は電話取材に応えて述べています。憂慮する科学者同盟は、より安全な世界を提唱する科学者の非営利団体です。「だれもが大きな赤いボタンについて話しますが、もちろん、そんなものはありません」
米国は1,365発の核兵器をミサイルの地下格納施設、爆撃機、潜水艦に配備しており、それに加えて、ほぼ4,000発を予備として保有しています。その内の650発がB83です。1.2メガトンの爆発力を持つB83はアメリカの兵器として最も強力な核兵器であり、その威力は広島に落とされた爆弾の80倍です。この核兵器のどれであっても世界を変えてしまうような爆発を起こし得ます。
トランプ大統領がガーセム・ソレイマニ司令官を一方的に暗殺したために米国がイランとあぶなく戦争に突入しそうになった際に核戦争の手順についての疑問が話題になりました。改めて述べると、トランプ大統領は自らが決めさえすれば、いつでもどのように組み合わせた核兵器でも発射できる単独の権限を持っています。
手続きを始めるためには、大統領は自分用のビスケットとフットボールが必要となります。
マクドナルド氏によると「副官が『大統領緊急用かばん』を持って常に大統領に随行」するということです。「大統領緊急用かばん」というのがフットボールの正式名で、黒い革で覆われた、アルミ素材のゼロハリバートン社製アタッシュケースです。
一度、見つけ方を心得てしまえば、フットボールとそれを運んでいる副官は大統領の写真にはたいてい写り込んでいることに気づきます。2017年には大統領の別荘マー・アー・ラゴで副官が引退した投資家と自撮りをするためにポーズを取っていたことさえありました。発射の手続きを始めるには大統領は国防総省に出向くか、フットボールの内部に装備された通信機器を使って同省の国家軍事指揮センターにコードを送信します。
大統領が送信を終えると、次には本人認証を行うためにビスケットが必要となります。ビスケットはアルファベットと数字が並ぶ暗号の長い列が一面に記された紙をラミネート加工したもので、大統領は常に携帯することになっています。大統領本人であることを認証するコードは暗号の列の中に埋もれており、国家安全保障局が毎日変更します。大統領は暗号を全部覚える必要はなく、でたらめな文字列の中に当日のコードのある位置のみ記憶します。
本人であることが認証されると、大統領は自分用にあらかじめ選抜された使用可能な攻撃オプションのメニューから選択することができます。米ニューメキシコ大学で核兵器の人類学を研究している博士課程学生のマリーン・ファイファー氏によるとメニューから選択するこの方式はカーター元大統領の政権時代に始まったということです。
「(カーター元大統領は)選択肢を圧縮したかったのです」とファイファー氏は言います。選択肢には攻撃ごとの予測死傷者数が書き添えられています。「ですから、基本的に大統領は『ロシアにはミディアムウェルをひとつと、中国にはウェルダンをひとつ頼むよ』とステーキの焼き加減を注文する調子で命令を下し、『大統領閣下、指令を撤回なさいますか?(国家元首たちに核爆弾を落とすのを避けますか)』と尋ねられると『ばか言うな。殺しちまえ』と言うのではないでしょうか」
その時点で、指令は潜水艦の乗組員、大陸間弾道ミサイル(ICBM)の地下格納施設の発射要員、そして、爆撃機部隊にまで伝達されており、実行されるばかりとなっています。これは数分もしない内に行われます。
冷戦の論理は相互確証破壊の論理でした。つまり、ソ連がアメリカを核攻撃するのを思いとどまらせる唯一のものはアメリカが発射を検知した瞬間に自国の核兵器を放つつもりだと知っていることだという論法でした。この精妙な「恐怖の均衡」の立案者たちはひとつの核兵器の発射が実質的に人類文明の終息を意味するということを確信してもらおうとしました。この原理に現実感を持ってもらうためには、指令したり核兵器を発射したりする過程は素早くできるものでなくてはなりませんでした。
「手続きは非常に迅速に終わるようにしなければいけないと考えました」とマクドナルド氏は話しています。「その昔、私たちはソ連から奇襲攻撃をされるかもしれないと心配していました。ミサイルの検知から襲来まで10分しかないということだったので、決断は素早く進めなくてはならないと思ったのです。それから時代は変わりましたが、手順はあの頃のまま、変わっていません」
人類が作り出したものの中で最も致命的な破壊力のあるものを数分内でひとりの人間が意図的に放つことができるのです。
「大統領は実質的には無制限に核兵器を発射する権限を持っています」とファイファー氏は指摘しています。「最終的には、手続きをする『法律的な』義務のある人がいなくなって、こんなふうになってしまうのではないでしょうか?『よし。今回は発射OKの指令を出すぞ。やっちまえ』あるいは『今回は発射ナシの指令だ。いいか、やめとくぞ』」
とはいえ、大統領が核兵器発射の指令を下したからと言って、発射が実行されるとは限りません。「発射までの過程のすべての段階で大勢の人が関与しています」とファイファー氏。「ICBMの格納施設では投票方式が使われます。潜水艦がミサイルを発射するためにはその潜水艦の多くの乗組員と司令部が関わることが必要となります」
たとえば、ICBMの格納施設では指令に従って核兵器を発射するための「投票」をするために5組のふたり組が一斉に鍵を回さなくてはなりません。5組のうち2組以上が発射に賛成票を入れる必要があり、もし、2組に達しない場合は指令は実行されません。核武装潜水艦では、特定の水深にまで浮上し、核兵器を発射するための複雑な手続きのリストに従って、手順を踏まなくてはなりません。その途中では、ひとりの人間が指令を拒むことのできる無数の機会があり、もしも、その機会を活用したなら、外部の事情や情報から遮断された状況で米軍の最高司令官からの直接指令に逆らったということになります。
一兵卒が直接指令を拒むことなど、ありそうもないことに思えますが、そのようなことは実際に起きています。過去に命令に背いた人々がおり、彼らのおかげで世界最終核戦争が回避されました。
キューバ危機の際、ソ連の海軍将校、ヴァシーリイ・アレクサンドロヴィッチ・アルヒーポフ氏が艦長を説得して核兵器の発射を防ぎました。また、1983年には、モスクワの南にある掩蔽壕(えんぺいごう)の中でソ連軍将校のスタニスラフ・ペトロフ氏が冷静に対処した例もあります。ペトロフ氏が警戒網を監視するモニターの前に座っていたところ、米国がロシアに向けて5発のミサイルを発射したことを告げる警報がコンピュータに映し出されました。ペトロフ氏は誤警報と見なし、反撃開始を拒んだのです。
アルヒーポフ氏とペトロフ氏のどちらの事例においても、機械システムが頼りにならず、もし、より冷静に考えることのできる者が意思を通すことができなかったら、核戦争が勃発していたかもしれません。ひとりの人間によって核攻撃の指令を下すことがどんなに容易であるかを考えれば、第二次世界大戦以降、核兵器を使った攻撃が世界で起きていないのは驚くべきことです。
「最も可能性の高い使用事例のシナリオは必ず、誤算、事故、人為的ミス、そして、意図しない深刻化です」とファイファー氏は警告しています。制限も熟慮もなく、また、自分以外の政府関係者からの同意を得る義務もない場合には、大統領が核兵器を発射する能力に抑制が利かなくなり、すべての発射のシナリオがよりたやすく現実化するものとなるのです。
reference:vice