もし私たち人類が月で暮らしたいのなら-そのうちそうなると思いますが-実際に住むための場所が必要になります。小型着陸船はアポロ計画のような短期滞在には良いかもしれませんが、長期になればもう少し恒常的な設備が必要です。建築材料をむりやり月まで運ぶというのは経費的にもロジスティック的にも悪夢のような作業ですから、宇宙関係機関は現地で使える材料を求めていました。そこで案として出てきたのが・・・人の尿です。
具体的には宇宙飛行士の尿に含まれる尿素を月面構造物を建てる際の可塑剤として使えば、コンクリートのもろさを抑えて柔軟性を増すことによって堅固な建物を造ることが可能となります。
「月面で使えるジオポリマー・コンクリートを作るため現地にあるものを使うという発想です。それがレゴリス(月面の柔らかい堆積物)と特定個所の氷から取れる水なのです。」スペイン・カルタヘナ工科大学の材料科学者ラモン・パミエス氏はこう言います。「それに加え、この研究によって月面基地に住む人の尿などの老廃物が再利用できることが分かりました。尿の主成分は水と尿素であり、尿素には水素結合を切り離すことによって水成物の粘度を下げる働きがあります。」
地上の科学者は月面基地建設に適した物質を定めるための実験を既に行っていますが、いくつか考慮すべき課題もあります。月の表面温度は変化が激しく日中は摂氏120度、夜間はマイナス130度(極地ではそれ以下!)にもなるため、建築材料は内部を断熱した上かなりの熱変化に耐えなければなりません。
また空気層を欠く月面は強烈な放射線にさらされ、隕石も燃え尽きることなく降ってきます。地球に毎日推定44,000kgもの隕石が降り注ぐことからしても、月面の構造物は相当量の衝撃に耐える必要があります。
そうした中、尿素の持つ性質が良く知られていることと、人のいる所であればどこでも入手可能なことから、研究チームは模擬的に作った月のレゴリスと尿素で小型の構造物を造ることにしました。
3Dプリンタを使って混合物の円筒ブロックを作り、可塑剤としての尿素の機能を調べたのです。また模造レゴリスにポリカルボン酸塩またはナフタリンをベースとする超可塑剤を加えたブロック、可塑剤のない比較用ブロックを用意しました。月の温度変化を模した8回の凍結-解凍サイクルなど、一連の強度試験によって円筒ブロックの比較が行なわれました。
尿素やナフタリンベース超可塑剤を含む組み合わせは3Dプリンタ製の材料としてかなり優秀でした。ほとんど歪なく構造物を造れる程柔らかいのに、製造直後でもあまり変形することなく荷重に耐えたのです。(但しナフタリン入りのサンプルは成形時に少しひびが入りました。)
一方でポリカルボン酸塩入りのものと比較用ブロックは鋳造するには固すぎ、荷重が小さければ変形しないもののかなりの疲労破壊を生じました。さらに研究チームは低温試験後の圧縮強度を調べ、尿素入りブロックが「わずかだが一貫した圧縮強度の増加」を示すことを見出しました。
このように宇宙飛行士の尿袋には多くの「可にょう性」があるようです。さらなる試験が必要ですが、尿素を分離することなく尿のままで使える可能性すらあります。「尿素を尿から分離する方法についてはまだ研究を進めていません。と言うのも尿の他の成分からジオポリマー・コンクリートができる可能性があり、分離が不要かもしれないのです。」ノルウェー・エストフォル大学の材料科学者であるアナレーナ・シュニクセン氏はこう言います。「尿の水分自体を月で採取した水と同じく混合用に使ったり、あるいは両方を混ぜて使えるかもしれません。」
ところで、実は月面にはアポロ計画の宇宙飛行士が残した尿タンクがそのまま置いてあるのです。これを活用すれば(月に降り立った)バズ・オルドリン宇宙飛行士が漏らしてしまった時よりはましな使い方ができそうです。
研究結果は「Journal of Cleaner Production」に掲載されたものです。
reference:sciencealert