「予想外の音を出す動物」リストに今回加えられたのはヨーロッパ産のイセエビ(学名Palinurus elephas)です。ヨーロッパの海に生息し数が減りつつある海老で、上部の堅い甲羅(甲皮)と腹部、付属器官に鋭い棘を多く持つことから英名では「スパイン・ロブスター(トゲエビ)」と呼ばれています。このエビは長い触角を2か所こすり合わせておならのような音を出すことが分かっています。
フランスにあるサンタンヌ・デュ・ポルトジック湾で、フランスとアメリカの研究者が24匹のイセエビから1,560件の「触角音」を記録しました。その結果、音の発生に関しては個体のサイズが大きく影響することが分かりました。研究チームは水中マイクを用い、大型の個体から約100m離れて収音することができましたが、小さな個体の場合には音が10m程度しか届きませんでした。研究チームは2kgある大型のエビであれば、バックグラウンドノイズが大きくない限り3km先まで音が聞こえると推定しています。
フランス・西ブルターニュ大学(UBO)で海洋生物学博士号取得を目指すユアン・ジェゼケル氏は、本誌の取材に対してこう述べています。「今までの科学文献でイセエビが音を発するのは主としてタコや魚といった敵を威嚇するためとされてきました。しかしイセエビがこうした音を同種個体間のコミュニケーション手段として使うことができるのかどうかについては未だに知られていません。」
この研究はネイチャー誌の科学報告に掲載され、ジェゼケル氏はリーダーとしてエビが発する音声に関する報告をしています。ただイセエビだけが触角を使って音を出すわけではありません。ジェゼケル氏はこう述べています。「面白いことにこの種の発音器官を持つ動物は水中にはおらず、それは陸上に住む昆虫です。特にイセエビの音はコオロギを想起させ、漁師には『海のコオロギ』と呼ばれているのです。」
もっとも歴史的に考えれば「海のコオロギ」に対する嗜好が乱獲をもたらした結果、現在イセエビは国際自然保護連合のレッドリストで「危急」とされる絶滅危惧状態にあります。ジェゼケル氏はチームの研究成果を用いてヨーロッパイセエビの生態を侵害することなく音による監視を行ない、種の保護を支援することを望んでいます。
「これまで種の保護に当たっては、個体数や海中分布の推定を目的として生態系を侵害・破壊する漁網が用いられてきました。音響観測は普通のマイクと同様水中マイクを使い、海洋生物が出す音を聴いて重要な情報を得るだけですから大変有用と考えられます。例えば個体位置の特定や個体数の推定、生態系における行動パターン研究などの応用が期待できます。」
音響観測は他の海洋性哺乳類や魚類に使われた例がありますが、イセエビが出す音の海中伝搬については観測を可能とするほどには十分な知見が得られていません。研究チームが調査した浅瀬の海岸における可聴範囲推定は「広範で新規性の高い研究分野への入口にすぎない」のだとジェゼケル氏は述べています。
reference:iflscience