2020年現在、太陽から約50億km離れた宇宙のかなたに、かつて最も遠く、最も小さい惑星とされていた天体が存在しています。その天体こそ、2006年に惑星の定義が変わり、準惑星となった冥王星です。
冥王星は非常に小さく、直径が地球の5 分の1以下で、月と比べても3分の2ほどしかありません。また、その距離と大きさから観測が非常に難しく、2015年にNASAの無人探査機ニューホライズンズが訪れるまで、ほとんど何もわかっていないような状態でした。
現在でも、私たちが冥王星について知っていることのほとんどは、 ニューホライズンズのデータによるものなのです。
さて、人間が作った探査機で、冥王星に突入したものは未だありません。そんな冥王星に人間が落下するとどうなるのでしょうか。今回は新バイエンススーツです。快適な落下を楽しむことはできるのでしょうか?それとも過酷な環境にうちのめされてしまうのでしょうか?
今回は冥王星に落ちるとどうなるのかについてご紹介したいと思います。
冥王星の質量は、地球の460分の1程しかありません。そのため、冥王星には、ゆっくりと落下することになります。
落下していく間、冥王星最大の衛星であるカロンを見ることができるかもしれません。冥王星の直径が約2400kmであることに対し、カロンの直径は約1200km。衛星にしては不釣り合いなほど大きいカロンは、冥王星に多大な影響を及ぼします。
カロンが冥王星の周りを回っているのではなく、冥王星とカロンの間の点の周りを互いに回っているような状態です。このことから、冥王星とカロンは2つあわせて二重惑星に分類する人もいます。
そして、冥王星は常に同じ面をカロンに向け、カロンも常に同じ面を冥王星に向けています。そのため、カロンから見て冥王星の裏側からは、カロンを見ることは永遠にできません。月の裏側から地球を見ることができないのと同じですね。
さて、冥王星に近づくにつれ、冥王星の霧のような大気と、白と茶色のまだら模様の地表が見えてきます。
冥王星の大気圧は非常に小さく、地球の10万分の1もありません。その薄い大気の中にわずかに含まれるメタンが太陽からの紫外線などと反応し、ソリンと呼ばれる物質に変化した結果、霧ができると考えられています。
では、その霧の中に突入していきましょう。
霧は地表から約200km上空から始まります。この辺りの温度は摂氏-193 度ほどで、落下するごとに少しずつ温度が上昇していきます。地表から 20~30kmほどになると、温度が最高の摂氏-173 度に到達します。これは、温暖化ガスのメタンの影響によるものと考えられています。
冥王星へのダイブをもう少し楽しみたかった方には残念ですが、早くも地表に到着します。地表の温度は平均で摂氏-231度と、極寒と呼ぶのもおぞましいほど。バイエンススーツは高温への耐性は十分にあるはずですが、低温への耐性はどうでしょう。
そして、事前に注意しておきます。急に動くのはおすすめしません。冥王星の重力は地球の約16 分の1。体重60kgの人間なら、4kgほどの重さしか感じないような弱い重力です。ジャンプでもしようものなら…。注意が遅かったようです。まあ、何かあっても、バイエンススーツを装着しているため、大丈夫だとは思いますが。
さて、あなたの周りの風景は、冥王星のどこに落下したかによって大きく異なります。
例えば、ハート型のトンボー地域に降り立った場合は、辺り一面に広がる固体窒素でできた氷河を見ることができるかもしれません。そこからハートの左側の淵の方向を見ると、標高3000mを超える水の氷でできた山脈を見ることができます。
トンボ―地域のすぐ左には、 クジラのような形をしたクトゥルフマキュラ地域と呼ばれる暗い場所があります。ここに降り立った場合、一面焦げ茶色の地表が目に入ります。
これは大気中のメタンなどがソリンとなり、降り積もったことによるものです。このように、冥王星は場所によって全く異なる景色を見せてくれます。
さて、空を見上げてみましょう。空の景色も、降り立った場所はもちろん、時期によってもまったく異なります。冥王星の公転周期は 248 年。つまり、太陽の周りを1週するのに248年かかることになります。
さらに、冥王星の自転軸は120°傾いているため、地球の北極や南極にて冬に太陽が昇らなくなるように、数十年もの間太陽が全く見えない場所もあります。しかし、仮に太陽が見える場所に降り立ったとしても、暗いことに変わりはありません。
冥王星の軌道は楕円形になっているため、太陽からの距離も時期によって大きく変動しますが、一番近いところでも太陽と地球の距離の30倍ほど。この距離ですと、太陽は点にしか見えなくなります。一番明るくなる時間でも、冥王星の地表では85ルクスほどとなり、 これは地球の日没直後の明るさと同じくらいです。
また、最大衛星であるカロンが見える場所に降り立った場合、地球から見た月の8倍ほどの大きさに見えるカロンを観測することができます。明るさは地球から見た月の10分の1ほどですが、大きな存在感を放つことでしょう。
さて、地球とは似ても似つかないような冥王星の景色ですが、1 つだけ地球と似たような部分があります。それが、空の色。冥王星の空は青いのです。これは、メタンなどのガスが太陽光を散乱させるためで、夕焼け時は特に顕著となります。
太陽から50億km離れたこの小さい準惑星に、地球に似た青い空が広がっていることは、数年前は誰も知らなかったことです。今までの冒険を思い返しながら、少しばかり、この青い空を堪能しましょう。
実をいうと、ここ数年、冥王星の大気が凄まじい勢いで消失しているという情報があります。直近で冥王星が一番太陽に近かったのは1989年、そこから30年以上冥王星は太陽から遠ざかり続けています。
冥王星の大気は大部分が窒素ですが、太陽から遠くなっていくと 地表の温度が下がり、大気中の窒素が凍り、雪のように地表に降り積もります。その結果、大気がどんどん消失していると考えられているのです。2030年までには、大気が完全になくなってしまうという研究結果もあるとのこと。
さて、せっかくですが、私はそろそろ帰還します。大丈夫です。あなたはこの消えゆく大気とともに、冥王星を満喫していってください。時間はたっぷりとあるのですから。
あ、そうそう。あと90年ほど待てば、最大衛星のカロンによる日食が起きるそうですよ。地球以外 で見ることのできる日食は、非常に珍しいものです。冥王星に来たからには、是非ご覧になってください。では、ごゆっくり。