木星の衛星である分厚い氷で覆われた白っぽい天体。そう、エウロパです。
木星には大小合わせて70個以上の衛星が存在しますが、その中でも有名なのは、あのガリレオ・ガリレイが1610年に初観測した、ガリレオ衛星の4つ。ガリレオ衛星はすべて、前回落ちた冥王星よりも大きな天体となります。
特に一番大きいガニメデは直径5300kmもある太陽系最大の衛星であり、惑星である水星よりも大きな星です。一方で、今回の行き先であるエウロパは、ガリレオ衛星の中では最も小さく、直径は3100kmほどとなっています。このエウロパは木星のような厳しい環境なのでしょうか?生命体が存在している?
今回はエウロパに落ちるとどうなるのかについてご紹介したいと思います。
皆さんは、生命体が誕生する条件についてご存知でしょうか?宇宙生物学の世界では、生命が誕生するには次の3つの条件を満たしている必要があると言われています。
1つ目が「有機物の存在」、2つ目に「有機物を反応させる場となる液体の存在」、そして最後に「生命活動を維持するためのエネルギー源の存在」です。
この3つの条件が揃っている星には、生命が存在する可能性が高いと考えられており、太古の地球もこの3つの条件が揃っていました。そして、なんと今回落下するエウロパもこの条件が揃っていると考えられているのです。
このお話については後ほど、まずは落下を開始しましょう。地球の月が約3500kmなので、エウロパは月より少し小さいくらいの大きさです。エウロパに目を向けると、白い表面と、表面を覆う無数の茶色い線が見えてくるでしょう。
今までのガス惑星や冥王星と違い、エウロパには大気がほとんどありません。そのため、遠くからでも表面をよく見ることができます。大気がほとんどないことで、美しいエウロパの地表を観察できる反面、どんどんと加速していき、表面に衝突するのを待つだけとなってしまいます。
残念ですが、落下シーンは今回も少なそうです。とはいえ、落ち込まないでください。エウロパの魅力は落下ではありませんから。
地表についたのち、まずは重力の強さを確認しましょう。エウロパの重力は、およそ地球の13%。月の重力の8割程で、冥王星の2倍強あります。冥王星よりは地球の重力に近いですが、それでも油断は禁物ですよ。前回の教訓を活かしましょう。
辺りを見渡してみましょう。エウロパは、太陽系の天体においてトップレベルで凹凸の少ない星と言われています。そのため、山や岩などに視界が遮られることが少なく、遠くまで見通せることでしょう。クレーターもほとんど見当たりません。
エウロパの表面は、白と茶色のまだら模様が特徴的です。白い物質は、氷。そして茶色の物質は、塩化ナトリウムであると考えられていますが、完全にはわかっておりません。
また、エウロパの表面では放射線に注意してください。木星は強力な放射線を放っており、エウロパの表面では平均して1日あたり5400mSvの放射線を浴びることになります。
通常でしたら致死量の放射線量ですが、ご心配なく。バイエンススーツにとってこの程度の放射線量は風の前の塵に同じ。そして、辺りが暗いと感じませんか。木星の太陽からの距離は、約8億km。太陽と地球の距離の5倍程です。
そして、エウロパは木星の周りを回っているため、それより少しばらつきはありますが、平均すると地球から見る太陽の27分の1ほどの明るさしかありません。
当然、太陽から受け取るエネルギーも少ないため、エウロパの表面は非常に極寒。エウロパの表面温度は極地で摂氏-220度、赤道直下で摂氏-160度ほど。確かに摂氏-230度前後の冥王星よりは温度は高いですが、ここまで温度が低いと体感気温はあまり変わらないでしょう。
空には何が見えますか?まず、空は真っ暗です。これは、大気がほとんどなく、光が散乱しないためです。エウロパは常に同じ面を木星に向けているため、エウロパの木星側に落下した場合は、常に木星が空のある1点から動かないように見えます。
木星までの距離はおよそ67万km。木星の直径は1万4000kmなので、とても大きく見えるでしょう。ソフトボールを手に持ち、軽く腕を伸ばすと、大体同じくらいの大きさに見えるはずです。
さらに木星の縞模様もはっきりと観察できます。逆に、木星とは反対側に落下した場合は、木星を見ることは永遠にできません。他のガリレオ衛星は、はっきりと見ることができます。
ガリレオ衛星は、木星から近い順に、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストです。つまり、エウロパから見てイオは木星側、ガニメデとカリストは木星と逆側でよく見えるでしょう。
ガリレオ衛星の中でイオ、エウロパ、ガニメデは起動共鳴により、1:2:4の周期で木星の周りを回っています。そのため、約3日半に1度、イオがエウロパに近づくのですが、そのときエウロパからはイオが木星上を通過するように見えます。
木星上を通過中のイオは、地球から見た月の1.5倍ほどの大きさに見えるでしょう。また、時折他のガリレオ衛星が木星上に日食を起こしている様子も観察することができます。
木星の上に黒い点のような影が移動している様子を見かけたら、衛星による日食を外から目撃するという、貴重な体験ができたということになります。一方で、木星の反対側では、約7日に1回、ガニメデが最接近します。イオよりは少し小さく見えますが、やはり地球から見た月よりは大きく見えるはずです。
さて、視線を再び地上に戻しましょう。何かが吹き出ている場所がありますね。あれは間欠泉です。噴出しているものは水蒸気、水です。エウロパは、なんと氷の下に液体の水でできた巨大な海を持っていると考えられています。
エウロパが持っている水分量は、地球上に存在する全水分量の2倍〜3倍というかなりの量。摂氏0度で凍ってしまう水が、表面温度摂氏-160度以下の天体で液体の状態を保つことができるわけは、木星と他のガリレオ衛星の重力による影響です。
エウロパが木星の周りをまわるたび、木星と他の衛星の重力がエウロパの内部を少しだけ変形させます。その変形が元に戻る際に熱が発生し、氷の下で水は液体の状態を保てていると考えられているのです。そして、この水こそ、生命が誕生する条件の一つなのです。
ここから先は人類がまだ観測したことのない、全くの未知の領域です。あくまで可能性の一つとして、お聞きください。現在、NASAはエウロパの内部を探査する計画を立てており、さきほど紹介したエウロパの割れ目である間欠泉からの突入を考えています。
ですが、私たちはバイエンススーツを装着しています。分厚い氷を溶かしながら、内部へ突入することにしましょう。
南極の氷が厚さ4kmであるのに対し、エウロパの氷は厚さが10km〜30kmほど。ただの氷ならまだいいのですが、エウロパの表面温度では、氷は想像以上に硬くなってしまいます。
石のように硬い氷を数十kmも掘り進めるのは非常に大変ですが、バイエンススーツなら問題ないはず。掘り進めていくうちに、氷のすき間にある、広大な液体の湖に出くわすかもしれません。
その水の量は、最大で琵琶湖の100倍程度になると言われています。もしそこに生命がいるなら、過酸化水素をエネルギー源としている微生物の可能性があります。
エウロパの表面の氷には常に放射線が降り注ぎ、一部の氷が過酸化水素に変化しています。地球上でのプレートテクトニクスのように、エウロパの表面の氷も常に移動しており、その過程で一部の氷が内部の海に沈みこみます。これにより、内部の海や氷のすき間の湖に過酸化水素が供給されていると考えられています。
さらに氷を掘り進めると内部の海に到達するでしょう。太陽の光は、ここでは全く届きません。真っ暗闇です。その代わりに、太陽や木星の放射線も届かないことでしょう。
水の温度はおそらく摂氏0度付近。塩分濃度については、詳しくはわかっていません。また、地球の海と同じくらいの濃度で酸素が含まれている可能性があります。
表面の氷から供給される過酸化水素は、液体の水と接触すると水と酸素に分解するため、エウロパの内部の海には絶えず酸素が供給されています。このエウロパの海には生命体が存在する可能性が非常に高いと考えられています。酸素濃度が高いため、微生物を食べる魚のような多細胞生物もいるかもしれません。
さて、この内部の海の底まで進んでみましょう。海の深さは、およそ100km。地球の海の平均が3.8km、最も深いマリアナ海溝でも11kmなので、地球とは比べられないほど深い海です。
光が届かない、真っ暗闇の中で、ゆっくり、静かに沈んでいきます。海と氷の境界線から離れると、生命は存在しないと考えられます。
光もなく、周りの生物もなく、ただ沈んでいくだけの、あまりにも孤独な時間を過ごすことでしょう。気が遠くなるほど長い間沈んだ後、ようやく水深100kmの海の底にたどり着きます。
海底は地球と同じく岩石でできていると思いますが、熱水や黒い煙を吹き上げる場所があるかもしれないとも考えられています。地球上で熱水噴出孔やブラックスモーカーと呼ばれる場所は、太陽光に全く依存しない生態系を形成しています。
水深100kmと聞くと、水圧が地球の海とは比べ物にならないと思いがちですが、エウロパの重力は地球の13%程度しかないため、実際はマリアナ海溝より少し強いくらいの130MPaです。これは人間にとっては一瞬でつぶれてしまうような圧力です。
今回の落下ミッションはこれにて完了。
次は土星の衛星タイタンへの落下ですので、御忘れなく。