それが見つかったのは30年以上前、ポトマック川岸の泥の中。その奇妙な「堆積有機物」は、バクテリアの働きとは誰一人考えつかない能力を持っていました。この変わった微生物はゲオバクター属に分類され、酸素のない所でも磁鉄鋼を作り出すことで知られています。しかし後になって違う物を作る能力のあることが分かってきました。導電性を持つ生体ナノワイヤーです。
この自然の恵みを活用する方法は長年にわたって研究されてきましたが、今年ついに「エアジェン(空気発電)」デバイスという金脈を引き当てたと言えるでしょう。
研究チームによると、このデバイスにはほぼ何もないところから電気を生む力があります。マサチューセッツ大学アマースト校で電気工学のエンジニアを務めるジュン・ヤオ氏は2月にこう述べています。「私たちは文字通りどこからともなく電気を得ています。エアジェンを使えば毎日24時間クリーンエネルギー発電可能なのです。」
誇大表現に聞こえるでしょうが、ヤオ氏らは最新の研究によって空気で動く発電装置がどうやって周囲の空気だけを使って電力を生じるのかを明らかにしています。これはゲオバクター菌(ゲオバクター・スルフレドゥセンスG. sulfurreducens)が生成する導電性蛋白ナノワイヤーのおかげなのです。
エアジェンは厚さわずか7μmの蛋白ナノワイヤー製フィルムを電極ではさみ、空気に触れさせる構造をしています。空気と接触したナノワイヤーフィルムは空気中の水蒸気を吸収し、その結果デバイスの両極間に連続電流が発生します。
研究チームは湿度の高低差によってナノワイヤー素材中に陽子の拡散を生じ、電荷が発生するらしいと述べています。研究結果によれば「電荷の拡散によってそれを補償するような電界または電位差が生まれるものと考えられ、これが生体中の膜組織に残存する電位差に相当する。
湿度の高低差が維持される点で既知の生体系とは根本的に異なっており、今回のナノワイヤーデバイスが連続電圧を発生する理由はそれで説明できる」と言います。
ヤオ氏の発見はほぼ偶然によるもので、実験中のデバイスが自発的に電流を流すように見えたことがきっかけです。「ナノワイヤーが特定のやり方で電極と接触するとデバイスに電流が流れることに気づきました。空気中の湿気に触れることが重要で、蛋白ナノワイヤーが水分を吸収し、デバイス中に電圧勾配を生じることが分かったのです。」ヤオ氏はこのように述べています。
以前の研究にはグラフェンなど他のナノ材料を用いて水分子発電の可能性を示したものもありましたが、電気の発生は数秒程度とごく短時間に留まっていました。これに対してエアジェンは0.5ボルト程度の電圧を連続して発生し、電流密度は1㎠あたり約17μAに達しています。
大した電力ではないとは言え、研究チームによるとデバイスを複数つなげればスマートフォンなどの個人用携帯機器も充電可能だと言います。しかも廃棄物がなく、(サハラ砂漠のような乾燥地でさえ)空気中の水分以外何も必要としないのです。「最終的な目標は大規模発電の実現です。」ヤオ氏の説明によると将来は壁にナノワイヤーを組み込むなど家庭の電力をまかなう技術にも応用可能だとのことです。「工業レベルでワイヤーを製造できるようになれば大規模システムを構築でき、持続可能なエネルギー源として貢献できるものと期待しています。」
信じがたい力を秘めたこの技術の実現に課題があるとすれば、それはゲオバクター菌が作るナノワイヤーの量に限りがあることです。チームの一員で1980年代最初にゲオバクターを見出した細菌学者のデレク・ラブリー氏はこれに関連する研究を行ない、解決の糸口を得ました。
それは大腸菌(学名Escherichia coli)などの微生物に遺伝子操作を行ない、同様の物質を大量に作らせる方法です。ラブリー氏はこう言います。「私たちは大腸菌を蛋白ナノワイヤー工場に変えました。新しいプロセスには拡張性があり、これを使えばアプリケーション開発にあたって蛋白ナノワイヤーの供給がボトルネックになることはないでしょう。」
研究報告はNatureに掲載されました。
reference:sciencealert