人類最速の男は皆さんご存知のウサインボルト。
彼のトップスピードは時速45kmですが、上には上がいます。地球上を最も早く走る動物であるチーターの速さは時速121kmにも達するのです。また、意外にも人間のくしゃみは新幹線にも匹敵する速さである時速320kmもあると言われています。
動くものにはスピードが生まれます。地球も絶えず太陽の周りを移動し続けていますし、太陽でさえも銀河系中心にある超巨大ブラックホール「いて座エースター」の周りを移動し続けているのです。
そんな速さの世界においてこの全宇宙で頂点に君臨しているのが「光」です。その速度なんと秒速約(やく)30万km。光速を持ってすれば、月まで約1.28秒、火星まで約13分で到達することが可能となります。
そこのあなた、宇宙最速の存在になってみたいと思いませんか?幸運なことに私たちはバイエンススーツを所有しています。光速移動機能を搭載しましょう。
人間が光速で移動するとどうなるのでしょうか?そして、どのような世界が見えるのでしょうか?
今回は光の速度で移動するとどうなるのかについてご紹介したいと思います。
まず最初にお話しなければならないことは、アルベルト・アインシュタインが1905年に発表した有名な特殊相対性理論によると、質量が0でない物体を光の速度にまで加速するために必要なエネルギーは無限大になってしまうということです。
すなわち質量を持ったバイエンススーツを光の速度に加速することは、無限大のエネルギーというものがこの宇宙には存在しないため、理論的に不可能なのです。光が秒速30万kmで移動できるのは、光のもととなる素粒子である光子の質量が0であるためです。
ですが、今回は、無限大のエネルギーが存在して、バイエンススーツを光の速度まで加速できたとした場合どうなるのかについて特殊相対性理論から導かれる結論をもとに解説したいと思います。
では、光の速度に突入します。まず、バイエンススーツが光速に達した瞬間に時間の経過が止まってしまいます。人間が永遠に年を取らなくなるのです。つまりは、永遠の命を手に入れることができるというわけです。
でもちょっと待ってください。時間が止まるのですから全ての物理的な動きや脳の働きを含めた生命活動も停止してしまいます。そもそもこれは生きている状態と言えるのでしょうか。もしかすると、意識がなくなるのかもしれません。
開始早々ですが、少しヤバイ気配を感じてきましたね。ですが、人生において楽観的な考えは重要なものです。多分、大丈夫なはず!
そして、このとき人間の質量は無限大になってしまいます。さきほど時間が止まって脳の働きも停止すると言いましたが、もし人間が重さを感じることができるならば無限大の重さというとてつもない苦痛を感じることでしょう。
でも時間が止まっているため、永遠に倒れることはできません。バイエンススーツが光速で移動している間、ずっとこの苦痛を感じ続けることになるでしょう。あくまでも意識があればの話ですが。
これだけではありません。光速度で移動するバイエンススーツを地球から見るとします。そうするとローレンツ収縮という現象が起こり、スーツの進行方向の長さが0となって見えるのです。いや見えなくなると言った方がいいかもしれません。
では逆に光速度で移動するバイエンススーツから外を見たらどのように見えるのでしょうか。実は、光行差という現象が起こって、スーツの真後ろの星を除いたすべての星が、スーツのまん前の一点に集中して見えるのです。
雨が降っているとき、車や電車などに乗っていると、窓に落ちる雨は斜め前の方向から降ってくるように見えるでしょう。これと同じように、真横からくる光も光の速さに近いスピードで運動している場合、斜め前からくるように見えます。
そのため、星からの光も全て前方から来ているように見えるのです。ですから光の速度に達した瞬間に、真後ろの星を除いたすべての星が、スーツのまん前の一点に集中して見えることになるのです。とはいえ、意識がない可能性が高いため、あなたがその光景を目にできているのかはわかりません。
また、見えるという言い方も正しくはありません。人間の目には見えなくなると言った方が正しいでしょう。なぜなら、スーツが光速に近づくと、ドップラー効果によって前方の星の光は波長が短くなり、青く見えるようになるためです。また後方からの星の光は、波長が長くなり赤く見えるようになります。
さらにスーツが光速に近づくと、前方の星の光はどんどん青くなり、ついには紫外線のみで光るようになって、人間の目では見えなくなるのです。また、後方の星の光はどんどん赤くなり、ついには赤外線でだけ見えるようになり、 これも私たちの目では見えなくなってしまうのです。
そして、光速に達した瞬間に前方の星の光の波長は0、後方の星の光の波長は無限大となり、いずれも人間の目には見えなくなります。したがって、光速度で移動するバイエンススーツから外を見ても何も見えないということになります。
一点の光もない漆黒の闇が広がっているのが見えるでしょう。光速で移動するバイエンススーツから見た宇宙は、意外に寂しいものなのです。
最後に光速度で移動するバイエンススーツを着用したあなたが地球の地表すれすれの場所を横切ったらどんなことが起きるでしょうか。
光速度で移動するスーツは無限大の質量を持つ訳ですから、それはブラックホールと同じ状態です。すなわち、地球は無限大の質量を持つバイエンススーツに吸い寄せられて消滅してしまうでしょう。
そして、地球を消滅してしまい、家族や恋人、大切な仲間を吸収してしまったあなたは光速で移動したことを後悔することになるのです。なんとも恐ろしいことです。あなたには帰る家も、星も、ありません。
今回お話した奇妙な出来事は、あくまで無限大のエネルギーが存在してスーツを光速まで加速できるという仮定のもとでのお話です。実際には無限大のエネルギーは存在しないため、このようなことは起きませんのでご安心ください。