脳の働きに関する私たちの認識に新たな疑問を投げかける研究が現われ、意識の謎がまた複雑さを増すことになりました。「Science Advances」に掲載された最新報告によると、海馬を損傷した猿が視覚上の記憶やパターン認識、推理を必要とするさまざまなタスクを健康な猿と同様にこなすことができたというのです。
物の認識が脳内でどうやって連携されるのかについては分からないことも多いのですが、海馬を記憶の中心とする考え方は広く受け入れられています。この説は1953年、文献上患者H.Mとして知られるヘンリー・G・モレゾンという男性が試験的なてんかん治療目的で海馬の一部を切除されたことに端を発します。手術の結果発作の回数と症状が改善されたものの男性は記憶喪失を患うこととなり、海馬機能に関する私たちの理解は今もなおこの症例研究に頼るところが大きいのです。
しかしながら、先の研究チームはH.Mの例で海馬のどれ程の部分が無傷で残り、手術によって脳の他の部位がどれだけ傷ついたのかが不明だと指摘しています。そのため、この症例を根拠とする仮定はよく言われるほど明確な事実とは限らないと言うのです。
海馬に関して確立された仮説を検証するため、研究チームは5匹のアカゲザルの海馬に外科手術による損傷を与えた後で一連の認知力テストを行なわせました。このテストは神経学上の機能に関するさまざまな側面を数値化するものです。 例としてあるタスクでは猿が以前に見た図形をスクリーンの異なる部分をタッチすることによって再構成することが求められ、また別のタスクでは複数の画像をあらかじめ学習した通りの順番でタッチしなければいけません。
他のテストでは猿が物品を大きさ順に並べるよう求め、さらには画像の認識内容を問うものもありました。
驚いたことに、猿たちはどのテストにおいても海馬の損傷を受けない参照グループと同等の成績を収めたのです。この発見から研究チームは脳の特定部位の機能に関する現状認識は的外れであり、「視覚記憶と関連性認識において海馬自体が他の部位より相対的に優位とされる点については再評価が必要」だとしています。
興味深いことに脳の機能に関する私たちの認識に疑問が投げられたのはこれが初めてではありません。2007年には熟年のフランス人男性が脳の大部分を失ったまま歩き回り、公務員として働きながら家族を養うなど通常の生活を送った例が知られています。この男性の場合は脳室内の脳脊髄液が過剰生成されることによって深刻な膨張が生じたため、薄い皮質ニューロン層を残して脳の大部分を移植しなければならなかったのです。
reference:iflscience