1937年5月6日、ある悲劇が起きました。水素が詰まった飛行船に火がついたことで、瞬く間に炎上し、最終的に36名が犠牲になったのです。
これは、ヒンデンブルク号爆発事故。この事故の原因には諸説ありますが、静電気によるスパークで飛行船の布に火がつき、それが中の水素に燃え移ったという説が有力です。
この事故の反省を活かし、現在の飛行船は燃えやすい水素ではなく、全く燃えないヘリウムが使用されています。
ヒンデンブルク号は確かに大惨事でしたが、さらに大きな水素の塊に火をつけたら、どうなってしまうのか気になりませんか?
宇宙に浮かぶ巨大な水素の塊といえば、そう、木星です。木星で火をつけると何が起こるのでしょうか?太陽系は無事でいられるのでしょうか?
今回は木星で火をつけるとどうなるのかについてご紹介したいと思います。
木星に火をつける前に、まずは木星の組成についてご紹介しましょう。木星は大部分が水素とヘリウムで構成されており、表層ではおよそ74%が水素、25%がヘリウム、残り1%が水やメタン、アンモニア、硫化水素などが占めています。
中心に近づくにつれてヘリウムの割合が大きくなりますが、大部分が水素なのは変わりません。
この領域では、高すぎる圧力により水素は金属水素となり、液体のように振る舞っていると考えられています。
木星の中心に何があるのかははっきりとはわかっていませんが、鉄や岩石からできているコアがあるという説が有力です。合計すると、木星の質量は地球の318倍。そのうち大部分が水素というわけです。
分かっています。木星に落下した皆さんにとっては周知の事実ですよね!では、早速ですが木星に火をつけてみましょう。ヒンデンブルク号を超える大爆発が起きるに違いないはず。
それでは、火をつけます。3、2、1。・・・ん、何も起きませんね。
ヒンデンブルク号は少しの静電気で爆発したというのに、木星ではどんなに頑張っても火が付きそうにありません。時速600kmを超えるという木星の風のせいでしょうか。おかしいですね。これは他のガス惑星でも試してみるべきでしょう。
木星の次に大きな惑星、土星で試してみることにしましょう。
土星も木星によく似た組成です。全体の質量は木星の3分の1程度であるものの、水素の比率が木星より多いです。燃料の密度がより多い土星で火をつけると期待している光景が見られる気がします。
・・・土星でも何も起こりません。ここまでくると、太陽系のガス惑星全てで検証してみましょう。
次の惑星は、天王星です。
天王星は地球の質量の15倍で、ここでも表層の大部分は水素とヘリウムで構成されていますが、都市ガスの主成分でもあるメタンも数%含まれています。木星と土星との大きな違いは、惑星
の深くには水やアンモニア、メタンなどで構成されるマントルが存在することです。水が存在する、ということは火をつけるのは厳しそうですが、やってみましょう。
・・・ここでも何も起こりません。
最後に海王星でも挑戦してみましょう。
海王星の構成は天王星と同様で、表層には水素にヘリウム、メタン、水、アンモニアなどから構成されるマントルの下に、鉄や岩石からできたコアを持っています。質量は地球の17倍のため、天王星より少しだけ大きいということになります。
もはや望みは薄いですが、一応火をつけてみましょう。・・・駄目ですね。予想通り火がつきません。
ほとんどが燃えやすい水素で構成されている太陽系の外惑星ですが、火をつけようとしても何も起こらないのです。なぜでしょうか。
それに答えるためには、まずは別の質問に答えなければなりません。それは、そもそも物質が燃えるとはどういうことなのかについてです。
ある物体が燃えるためには、その物体が激しく反応しなければなりません。たとえば、ヒンデンブルク号の場合では飛行船内の水素と、地球の大気中の酸素が激しく反応した結果、大爆発が起きています。
水素ではなくヘリウムを使用すると、飛行船は燃えることがありません。これは、ヘリウムが非常に安定な化合物であり、空気中の酸素と反応できないためです。
それでは、なぜ水素が豊富にあるはずのガス惑星で、火をつけることができなかったのでしょうか。
答えは、酸素のような、水素と激しく反応する物質が十分に存在していないためです。木星を例にとると、内部から表層に至るまでほとんどが水素とヘリウム。
多少、水やアンモニアなどは存在しますが、どれも水素とは容易には反応しないものです。この状況下では、いくらエネルギーを供給しても何も反応が起きないのです。
私たちの身の回りにある消火器も、酸素を遮断することにより火を消火しているものもあります。残念なのか幸運なのかはわかりませんが、燃料だけが大量に存在しても、火がつくことがないのです。
ですが、宇宙は広大。仮に燃料となる物質と、その燃料と激しく反応できる物質が両方大量に存在する惑星があれば、火をつけて大爆発を起こすことはできるのでないでしょうか。
確かにその通りではありますが、そのような惑星はまだ見つかっておりませんし、今後も見つかる可能性は低いと予想されます。
それはなぜかというと、そのような組み合わせは非常に不安定であり、両方が大量に存在するようになるはるか前に、小さいスケールで反応してしまい消失してしまうためです。
地球に住む私たちが意識することは少ないかもしれませんが、酸素は非常に不安定な物質です。水素やメタンなどが酸素と混ざっていると、少しの刺激で燃焼が始まり、どちらかがなくなるまで反応は止まりません。
とはいえ一方で、この酸素の不安定さにより、地球の生態系は成り立っていることも、事実です。不安定さとは、言い換えると取り出せるエネルギーのことです。
酸素から取り出せるエネルギーが多いからこそ、多細胞生物のような複雑な生命が誕生できたと考えられています。
しかし、生命はそのエネルギーを利用できても、危険なことには変わりありません。たとえば地球の場合では、落雷が絶えず発生します。
地球全体でみると、1秒間に100回ほど雷が地表に到達しており、仮に地球に水素やメタンなど、酸素と容易に反応するような物質が大量に存在した場合、私たちが火をつける前に燃えてなくなっていることでしょう。
ヒンデンブルク号も人間の視点では大惨事ですが、燃やした範囲はせいぜい半径数百m。地球全体からみるとごくわずかな面積しか燃えていません。
このように、仮に燃料と、その燃料と激しく反応できる物質が両方高い濃度で存在する領域があった場合、その領域が惑星全体に広がる前に反応してしまい、惑星全体には影響を及ぼさないのです。
言い換えると、水素やメタンなどの可燃性ガスが大量に存在する惑星も、酸素のような可燃性ガスと激しく反応する物質が大量に存在する惑星も、どちらもこの宇宙の中で無数に存在するでしょう。
しかし、その両方が大量に存在する惑星は、存在できないのです。少し残念ですが、火をつけるだけで惑星規模の爆発を起こすことは、意外にも条件が厳しいのです。